モンロー効果 2 次の日の朝。登校路で出会った隆はやけに声高く接近してきたかと思えば、もうすごい噂になっているぞ、とはにかみながら教えてきた。 真里は、噂などと到底心当たりのない事態に首を傾げるも、隆には馬耳東風と言った様子だ。 「あの!Bクラの整備委員の子!真里君と超仲良いじゃん」 「超ってほどじゃないけど、まぁよく話すかな」 思い当たるふしがそれしかないのだから、そう返すより他ない。すると隆は、やっぱり、と小さく呟いたあと、すぐなんでもないように顔を上げた。 そうして、また不安を煽るような危なげな笑顔で、ぎゅっと親指を立ててみせた。 「前にも言ったと思うけど、俺、応援してるらな!」 「あ、ありがとう……?」 なんの事だか全くわからないまま、隆は満足したようにサムズアップをキープして走り去っていく。 何の事だかわからないまま納得されているのは面白くない。 というか、一人何かに真剣になろうとする隆に対してが、面白くなかった。 (一緒に頑張ろうって思ってたのは俺だけだったの) どこか集中力の欠ける授業を終えた休み時間、ノート片手に何の予習をしようかと真里が思案していると、クラスメイトが声をかけてきた。 そう、隆が言っていた、当クラスの整備委員の女子だ。 「野島君、最近隆君とよく一緒にいるようになって変わったね」 「そうだね。居心地いいからかな」 「つれないなぁ〜私にも隆君みたいに笑いかけてみてよ!」 「面白くないと笑えないよ」 くすくす笑って言う少女はどこか頼りなさげで、いわゆる守ってあげたくなるタイプなのだとよく言われていた。 (隆君隆君って、君は彼の一体なんだっていうんだ!) 思い返せば、彼女はばかに隆の話を振って話しかけてくる事が多かった。 まだメールアドレスを交換する前、委員会ではこまめにメモをとっていたというどうでもいい情報を教えてくれたり、いちいち連絡をくれたのも彼女だった。 そのせいか、クラスでも一番に会話する事が多いのだ。 今では自分からどんな様子だったかどうか聞いているところもあって、それで『超仲が良い』という結論に至ったのだろう。 会話をしていて、確かにクラスメイト及び廊下からの視線をひしと感じていた。 気持ちの悪い、下世話な目線。心なしか、耳をすましていなくてもひそひそ秘めた声が聞こえてきそうだった。 なるほど、噂になっているというのは本当らしい。 「……悪いけど、俺ちょっとトイレ」 こう言って離れていかない人はいない。 彼女も察してかそっと席へ戻っていった事を良いことに、真里は廊下へとエスケイプした。 もうついでなのだから本当にトイレに行ってしまおう。 そう思い立って男子トイレに入った真里は、丁度待ってましたと言わんばかりに隆に遭遇した。 「あっ、俺、今出るところだから、どうぞっ」 そう言って隆は、酷く慌てた様子でトイレから出ていこうとする。 真里が反射的にその腕を掴んでしまったのは、その隆の目尻が赤くなっていたせいだろうか。 「だ、大丈夫……?」 何に対しての心配だろうか。 自問自答が同時に出てしまうほど不可思議な質問だった。 隆は、そっと制するように真里の腕を離すと、小さく深呼吸をする。 「もちろん」 そうして、もう何度めかになるサムズアップをした。 この時、真里ははっきりと確信した。 これは、隆の嘘をつくときの癖なのだ。 しかし、朝噂になっている事を否定しそびれてしまった真里に、それを指摘する権利などないような気がした。 後の昼休憩にでも、笑い話で聞かせればいいだろう。 真里も、居心地の悪さを感じてはいたものの、そこまで深刻に騒がない方が身のためである事もわかっていた。 「じゃあ、また後でな」 「っ……」 あっさりと立ち去っていく隆に、真里は声を、かけるべきだったのだろうか。 二度目の涙の理由も、自分であればいいのになんて。不惑な思いが少しだけ疼いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |