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モンロー効果

 10月も中頃に入ると、年末に向けて少しずつ清掃の規模が増えてくる。
元々大きめの学校であるこの高等学校は、冬休み前の大掃除に備えて先に先にとやっておく風習があるようだ。

 掃除になると、とたんに忙しくなるのが整備委員だ。真里ともほど良い距離を取れるし、いい機会だ。

(まぁ会えないのは辛いけど……俺にはメールがあるしな)

使っていない空き教室を一人清掃する事になった隆は、身の振り方を考え直す事にした。

「……もし真里君が誰かに告白されたら、応援できるかな」

きっと彼は慣れていないと思うから、もしかしたら相談される事もあるかも知れない。
そんな女々しい事がないとしても、彼女を紹介される日がくる可能性がないわけでもない。

想像しただけで胃のどこかが刺されたように痛むのに、思うことはいつだって真里が幸せに感じるために自分にできる事だけだ。

 上の方からほこりを落として、下でキャッチして拭き取る。集められていく汚れを見ていると、モヤモヤした自分の気持ちみたいに目に映る。

(そう、なんだよな。俺って黙っているの苦手なタイプなんだよ)

もし、他の人の物になってしまうとしても。
それでも、もし、好きでいる事だけは許して貰えるのなら。
親戚だからとか、同級生だからとか、同性で同姓だからとか。
そういう世界の常識を抜きにして、隆個人の気持ちを否定するような人物を、隆が好きになるはずがない。

この思いつきは、正直賭けだった。
しかし、自分の勝ちが絶対に確証できる賭けだった。

 −もういっそ、全て真里に告白してしまおう。

そう思い立ったが吉日。
なかなかどうして気持ちは軽やかになり、退屈な清掃も魔法をかけたようにあっと言う間に仕上げてしまった。

決戦は金曜日というのが昔の曲にあった。
意味も内容も全く知らないが、確かに金曜日に言ってしまえば土日という日にちに挟まれて逃げる事も可能だ。

何より、ぐだぐだと言い訳をしようが結局のところ恥ずかしいのだ。
面と向かって金曜日に約束を取り付けるのも、顔が高潮しないで言える気がしなかったので隆はメールに頼る事にした。

 金曜日の放課後、人気もなくなったBクラスにて真里は待っているようにお願いされていた。
隆はと言えば、担当の清掃を終えて慌ててその教室へと走り寄る。
ドアの隙間から確認しても、真里は一人だけのようだ。
頬杖をついて事もなげに窓辺を見つめる姿は幾度見ても様になっている。

(あ、駄目だ完全に顔が熱い)

教室に入る前から、隆の緊張は度を越していた。
でも、今日言わなければきっともう告白などできる気がしない。
意を決して触れたドアは、自分の手よりも冷たく、少しだけ冷静さを取り戻せそうだ。

「待たせたな」
「特に用事なかったから気にしないで。それよりどうしたの」

小さく音を立てて立ち上がる真里に、隆は手を上げて制する。
それ以上こちらへ来られたら、この顔の色がばれてしまう。
およそ同性に向けるものではないほど熱のあがったこの表情は、ほどよい距離を保たなければやっていられなかった。

「そ、そこで大丈夫……デス」
「なんで敬語?なんか話があるなら座ろうよ」

おいでおいでとするように、真里は手招きをする。そ
の度に、差し込む夕日が遮られていく。

「長話じゃないから、すぐ終わる、から」

なんとか言葉を紬ぎながら、徐々に隆は混乱してきていた。
告白なんてした事もなければされた事などありえない。

−なんと言えば、この感情を気持ち悪くないように伝えられるだろうか。

黙り込んでしまった隆に、真里は少しずつ近づきだした。
一歩、一歩と進む度に、まるで連動するロボットのごとく隆の鼓動がうるさいほどに高鳴りだした。

「真里君は、告られた事とかある?」
「そういうのよくわからないけど、ある、のかな」
「そっか……そうだよな」

隆は我ながら、何を言っているんだろうかと自重していた。
でも、もう止まらなかった。

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