モンロー効果 2 隆と真里が通う高等学校は、今時そう珍しくもない2学期制だ。 春休みが少ないと文句を言う人もいるが、実はこの制度には『秋休み』という伝説の許された休みが存在している事から、人気は確実に増えてきている。 そんな訳で、隆が実力の変化を成績として理解するには、10月まで時間がかかっていた。 成績表は月ごとに5段階評価を下し、学期末に総評が書かれるという一風変わった成績表を前に、隆は開けるのをためらっていた。 なんだかんだと言っても、勉強に関して言えば今日まで隆は真里とおんんぶにだっこだったのである。 本来なら一番に見せるべきなのだが、正直見せたくないのが本音だった。 (でも先月の期末テストだってそう悪い点じゃなかったし、真里君ほどじゃないけど、俺だってちょっとは勉強するようになったし?) そうして悩んでいると、タイミングをはかったようにポケットの中の携帯電話が震える。 周りが見ていない事を確認してそっと開くと、案の定それは真里からのメール受信を知らせていた。 「あとで見せてね」 本当に、真里は何を考えているかわからない。 「それで、この成績だったんだ」 成績表を前に、真里はまたいつもの飄々ともとれる無表情でそう告げた。 「えっそんなに悪いか?俺的には自己ベストくらいなんだけど」 慌てて成績表を取り返し、隆は少しだけ俯く。 確かに、サイボーグと呼ばれるほどの真里には足下も及ばないかも知れないが。 「悪くないと思うよ。まだまだだけどね」 すると、頭上から注いだ言葉はひどく優しい声色だった。 思わず顔をあげる隆。 そこには心なしか口元を緩めた真里がいた。 「あ、ありがとう……俺、もっと頑張ってみる」 「うん、やっぱり、認められるって嬉しいから」 疑問符を浮かべる隆をさておいて、自分の成績表を見つめなおして、真里は目を閉じる。 「俺も、頑張ってるんだよ」 それは、初めて聞いた真里の本音のようだ。 隆はそう思った。 「両親がいつも仕事でいないから、会話なんてほとんどないでしょ。だから、せめて成績だけでもって思って」 −誉められると嬉しいし、何よりもっと頑張りたいと思えた。 そう呟く真里は、普通のクラスメイト達と大差ないように見える。 普段がしっかりしすぎているせいだろうか、一種の幼ささえ感じるその少年は、紛れもなく隆の遠い親戚の少年だった。 「それでさ、この頑張りたいっていうの……今の誰かに似てると思わない?」 「うん……真里君も、普通の人間なんだなって実感したわ」 ちょっと失礼だよ、そう言いながら真里は密かに微笑む。隆も笑い返して、サムズアップした。 「本当にありがとな、でも何で教えてくれるんだ?」 「何でかな……君には知ってて貰いたかったのかも」 言うのも初めてだし。なんでもないように真里が言うから隆はなんとも返せなくなってしまった。 そしてこんな時にも、自分しか知らない秘密を打ち明けて貰えた事が嬉しかった自分に嫌悪した。 真里が教えてくれた勉強方法は比較的簡単だ。 ノートはシンプルに、授業中はひたすら黒板を書き写し、家に帰り読み返しながら重要なところにマーカーを引く。 計算などわからないところがあれば適宜メールで真里に聞くという流れだ。 「でも俺も、結構一人でできるようになってきたよな」 すっかり日常に組み込まれた真里の存在に、どうして愛おしさ以外の感情を感じえようか。 (一緒に頑張ろうな、なんて。俺が言えた義理じゃないけど) 日常生活が完全に変わった10月の最後。 秋休みに入って、6日間と少し。 普通に生きている人であればあっさりだらけてしまいがちな小連休だが−隆も自然の摂理のごとく無気力に戻りかけてしまった事は言うまでもない。 「人間、そう簡単には変わらないけど、ちゃんと俺は戻れたからな!?」 [*前へ][次へ#] [戻る] |