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モンロー効果

 学校と家が目と鼻の先で本当に助かった。
隆は家までの道中を駆け抜けながら頭を冷やしつつ、そうひしひしと感じていた。
今日ほど近場だからという理由で選んだ自分にグッジョブを送った日もないだろう。

しかし、近道である途中の公園を走って通り抜けようとしたその時、入り口付近で、思わずその俊足に急ブレーキをかけた。
これがもし車なら、一発で壊れてしまうだろう。
どこかのテレビ番組でやっていたかのような見事な止まりっぷりは、まさしく釘のように地面に刺さった。

何故こんなに隆がぎこちなく立ち止まらなければならなかったのか。
それはその公園に、「あなたを待ってました」と言わんばかりに、ある人物が、ベンチに深々と腰掛けていたからだ。
その佇まいからすると、多少の時間はかかっているに違いなかった。

「真里……クンじゃん、何してんのこんな所で」

確信はないが、恐らくは、と言うか確実に自分を待っていたであろう彼に、隆は言葉をかける。

真里は、隆がこんな所でどうしたの、と軽々しく聞けるような雰囲気を纏ってはいなかった。
どこか暗いというか、沈むクラゲのごとく消沈した様子なのだ。
例え、聞いてしまえる雰囲気であったとしても、隆と真里は別に友達という関係ではないから、きっと聞く事は出来なかったであろうが。
隆は、おずおずと真里の返事を待った。

「隆君、今日俺のとこのクラスに来なかったから」

隆が真里のいるベンチまで近寄ると、ようやく、真里はささやかに口を開いてみせる。
聴こうという意識がなければ漏らしてしまいそうな小ささだ。

(いや、行ったには行ったんだけどね……)

隆はそう思いつつ、しかし、その真意が分からずなんとか探ろうと思った。
彼は、多分に他の誰よりも口数が少ない。

さらに加えて無表情ときた物だ。
隆は、訝しげに首を傾げながら、そっと隣のベンチに腰を降ろした。
すると今度は、真里が立ち上がり、隆の目の前まで歩み寄った。

「……何か、喋ってくれマセンカ」

そう隆が訊ねたにも関わらず、この親戚という人物は意に反して行動してくれる奴らしい。

何も言わず、ただ見つめられる。
隆は、視線から逃れるように身じろぎをして思案する。
俺は何か謝らなければならない事をしてしまっただろうか、それとも、ついに苦言を呈されるのだろうか、と息を飲んだ、その時だった。

「俺はずっと、隆君話してみたいと思ってた」

風にまぎれてしまいそうなか細い声で、一言、真里は呟いた。
ロングトーンのウィスパーボイスともとれる独特の声は、耳にすっとなじむ。

「それ、って、どういう意味?」

話の脈絡が掴めない隆は、途切れ途切れになりつつもなんとか聞き返す。
言葉のラリーをしているみたいだ、隆はそう思った。

「隆君がたとえそうじゃないとしても、俺はそう思ってるって事」

意を決したかのようにそこまで一思いに話すと、真里は、まるで満足した殿様のように口を小さく結んで再び押し黙った。

そうして、隆はようやく、ある事に気がついたのだった。

「もしかしてさ、さっきの俺とクラスメイトの話、聞いてたりする?」

だとしたら、かなり嫌な奴に見えたんじゃないか。
隆は少しだけ焦りを覚えながら、それなら何とか弁明しなければと立ち上がろうとした。
それを制したのは、他でもない真里だ。

真里は、手で隆の肩をぐっと押すと、頷きも返事すらもしないまま、口を閉ざして後ろを向いた。

「今日はもういいから。また、明日。学校で」

再び小さく、背中ごしに言葉を紡ぐと、真里は早足に公園を出ていく。
もうお前に用はないとでも言うかのように。
隆はと言えば、それを追いかけて尋ねる事も出来ず、ただ、もう何が何やら訳が分からなくなっていて、公園の中で一人、頭を抱えるより他なかった。

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