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Short
▲Pansy * 後
 パンジーの朝は早いから、彼を愛する僕の朝も自動的に早くなる。窓を開けて彼の事を待っていると、坂道を駆ける彼の頭はなるほど花のようにきらめいていた。

長時間話していたら、何を思われてしまうかわからないから、窓からそっと挨拶を交わしたいだけの恋だった。その、はずなのに。

「降りてこいよ。たまには一緒に走ろうぜ」
君はなかなかどうして、僕の壁を怖そうとしてくれるんだろうか。

「寒いから嫌だよ、いってらっしゃい」
カーテンを閉めながら、つっけんどんに返す途中。

彼の口が4つの音を動かした気がした。い、え、う、あ……逃げるな?

何から逃げているというんだろうか。
すべてから逃げているからだろうか。
僕は彼の言葉の意味がわからず、ふたたびベッドへ身を投げた。

 君の一挙手一投足すべてが好きだけど、特段走っている姿は一番いい。僕
の好きで彼の嫌いな墨色の世界が一番よく見えるからだ。

「やっぱりパンジーには明るい色は似合わないよ」
きりっとした切れ長の目によく生える黒髪はさながら黒ヒョウのようで、初めて会った時から見とれてしまっていた。

それから長い時間を近くで見ていたけれど、コロコロ変わる君の髪型は見ているだけで楽しかった。
パンジーと誰かが呼ぶ前から、僕はずっと彼が好きだし、これは恐らく終わる事はない。もちろん、打ち明けるつもりもないけど。

 なんて事を考えていたら、バイトに行く時間になってしまったのだが。
玄関のドアを開けた先に待っていたのは、大好きな彼のオレンジだった。

「バイト行くのか」
「うん。今日はフードコートの清掃」

短い言葉を交わして、そのまま歩く僕にパンジーは歩幅を合わせる。
一緒に向かう?これなら、まぁまだ普通の友人の範囲だろうか。

「俺さ、結構髪戻ってきたと思わん?」
「うん、僕の好きな色が出てきたね。まさにパンジーって感じ」

パンジーの何気ない質問に、何気なく答える。すると彼はふーんと言いながらそれでも少しむくれた。

「あのさ、覚悟しとけよな」
「覚悟って、何が」

急に君が立ち止まるから、思わず僕も止まって聞き返したかった。
そんな僕の目の前に突きつけられたのはパンジーの人差し指だ。

「お前がどう思っていようが関係ねぇって事」

 言うだけ言って満足そうに去っていくパンジーは、今まで見たことのない背中をしている気がした。
知らない姿、でもきっとすぐ好きになってしまう。

でも『関係ねぇ』って、一体なんの事だ。僕の気持ちがばれてしまっていたと言う事か……?
視界がぐるぐる思考の海に包まれて、うっかり僕はバイトに遅刻してしまった。

 * * *

 幼なじみの奇行には困ったものだ。
パンジーはそう思いながらもどこか嬉しい気持ちがある事も自覚していた。

彼はの好みの見た目になるために様々な髪型に変えているうちに気がつけばいわゆるヤンキーという振り分けをされていても、恐れる事なく話しかけてきてくれると思いきや、ふとした時に何気なく爆弾を投下していくのだ。

「何で地毛の色嫌いなの?僕君の髪、墨みたいで好きなのに」
まさか、ありのままの自分が一番だったとは。

ショックのまま足を洗い髪を染めるのをやめると、相手は笑いかけてくれる事が増えた。

「髪の毛、プリンみたいになったね」
その目からは本当に好き好きオーラが溢れている気がして、パンジーもとい当時のプリンは心の中でガッツポーズをした。

 だがしかし。人生とはそううまくはいかないもので。
話しやすくなったからか、大学では自分を『パンジー』と呼び親しむ人物が増えてきて、幼なじみはあっさりそれに染められた。

元々、朱に交わればなんとやらという性格だったのであろう。頑なに距離をキープされ始めたのもこの頃からだった。

 両思いだと思っていたのに。
関係が進むのは時間の問題だったはずなのに。

パンジーは心の中で握ったこぶしを下へと降ろした。

 例えばそれは、冬だと言うのにアイスを食べている時。相手は自分を大事にしたがらない発言をした。
心配している人物が身近にいるのに、見ようとしない顔。

パンジーはこの顔が嫌いで、見る度に二度とさせるものかと苦虫を噛みつぶしたくなるのだ。

 例えばそれは、バイト先に会いに行った時。
たまたまきてくれたとでも言いたげなはにかんだ表情で出迎えたと思ったら、自分の物がなくなると言うのに傘を差し出してくる事。

そしてその後、びしょ濡れになりながら歩いて帰る姿。

 例えばそれは、自分のライフワークのジョギングで声をかけてくる時。
本当は自分も走りたいって思っているくせに、何かに遠慮してひっこんでしまう背中。

毎朝会う理由にするためにジョギングをしているだなんて知らないんだろうな。
パンジーはふ、と笑いたくもなった。

 逃げるなよ。それは本心から、思わず出てしまった言葉だった。もうそっちの気持ちなんてずっと前から知り尽くしているんだ。
今更逃げようったってそうはいかない。

「この髪が墨に戻ったら、いやいっそ染め直そうか」
お前が好きと言ってくれた姿になったら、その厚いと思っている壁もぶち壊して、全部手に入れてやりたい。

パンジーはそう思いながら、アルバイトへと向かう幼なじみの足音を耳に焼き付けた。

[*前]

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あきゅろす。
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