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 思えば幼い頃から、泣いてばかりで兄弟には迷惑ばかりをかけていた。魔法の才能に恵まれた兄と妹に両手を掴まれ空を飛ぶ姿は国中から笑われてばかりで、剣の道を見いだすまで涙を両親に何度も咎められたと王様は回想する。今頃、そんな家族達や一時的とは言え仲間になった彼らはどう過ごしているだろうか。どうか心穏やかでいて欲しいと祈るばかりだ。何故なら今回の全てはきっと、自分の運命のせいだから。
 彼の口から魂の選別を聞かされても、王様にはすぐ自分の責任だと合点がいった。否、思えば違和感は最初からあった。気づかないようにしていただけなのかも知れないが。
見目麗しい女性も幼い少年も、初対面の筈の自分を当たり前のようにオウサマと呼んでいた。そのイントネーションが、名乗っていないからこそ他の誰とも違っていたのだ。それは、まるで本当の意味で初めて人から自分をしっかりと認識されているような気がした。皆がそう呼んでいるからとつけられた愛称である「王様」はくすぐったいが、同時に壁を感じる事もあり、寂しくないと言えば嘘になるのだ。
どうしようもない感情の波に押しつぶされるように、王様は一度意識を手放した。
 あの天使を自称する人物は、これまでの行いの殆どが外道かも知れない。しかしこんな自分にわざわざ声をかけてくれた。姿を偽ってまでも、話がしたかったのだろうか。そう一度考えてしまえば、悪人ではないような気がしてしまうのは自分の性格が絆されやすいせいかと王様は自覚していた。
「オイ、そろそろ起きろ」
柔らかなゆりかごのように感じていたのは、どうやらそんな彼の片翼だったらしい。もう片方の羽先で顔を叩かれて、勢いよく立ち上がった。
「全く……優しいのか優しくないのか−なんなんだ、お前一体」
「オレが優しい訳ないだろうが。何人も魂食べてるんだぜ?アンタのも、いずれな」
その言葉に偽りはないが、自ら必要悪になろうと言葉を選んでいる事が分かってしまう。王様が返事をしないまま立ちすくんでいるのを良い事に、羽先が頬を撫で、そのまま下へ下へと降りて心臓付近で止まる。あまりにも慈しむような触り方をするものだから、ぞっと背筋が凍る思いがした。そうだ、彼は罪もない人々を平気で追いつめる事が出来るのだ。しかし、一度命を助けられた事実もある。憎しみと感謝が二律背反となって王様に降りかかった。
「でもアンタやっぱ変だ。一回死んでから魂は見えるのに手が届かなくなった……こんなのオレ、初めてで……」
一瞬泣いているのかと思い顔を覗き込めば細められた目と半月型の唇に気がついた。攻略が難しいダンジョン程燃えるというのが人間の性である。きっと亜人でもある彼にもそんな本能的な渇望が残っていたのであろう。冗談のつもりで剣を手にすると、耐えきれずと言った様子で相手は笑い声をあげた。
「ならば……もう一度殺してみるか?」
興奮気味に天を仰ぐ男を前に自嘲しながら王様が告げると、意外にも相手は頭を振った。どうやら今はその気が削がれているらしい。幸か不幸か、どの道家にも帰れない王様にとっては本気も混じっていたのだが。それにしても手が届かないとはどういう事だろうか。実はその理由には、心当たりがない訳ではなかった。
 幼い頃読んだ本に書いてあった一説によると、自ら命を絶とうとした者はいずれ死神が魂を回収するのだと言う。つまりこの頭のいかれた怪物にくれてやる魂なぞ一つもない。つまり王様の魂を食するなら自ら手を下す事が出来ないのである。生きている限り、もう一度死に直面するような事があっても、所謂お迎えがきたその時に横取りをする以外は。
心の底から反吐が出そうな程嫌で仕方がないが、それでも一番近くで彼を見張っていなければならないのはもう決まっている。だからこそ、王様は翼人の手を取る事にしたのである。
「僕は生き続け、お前の罪を全て断罪してみせよう。それが王様である僕にとって、民を守る唯一の術だ」
「いいねぇ、ワクワクしてきたぜ。アンタがオレが欲しくてたまらなくなるように調教してやるから楽しみにしてろよ」
翼人に抱えられるようにして、遠い上空を飛行する。自分よりも背の低い彼に身を任せるのは若干心配ではあるが、魔力のない時点で背に腹は代えられないのだ。
家々を横目に見ながら王様は自らの愛した民と国とに別れを告げるが、不思議と涙は出なかった。生まれは平凡だったかも知れない。しかし巻き込まれた運命は奇妙な物だった。それをもう受け入れる覚悟があるからだろうか。
「では手始めにお前の呼び名をつけてやろう。光栄に思え」
「オーサマが呼んでくれるなら何でも嬉しいぜ」
天使が恋に落ちた相手は、いずれ地獄に落ちる事を知っていながらその腕を拒みきれない自分に気がつき始めていた。その二人を、闇夜だけが知っている。魔女にも捨てられた森から飛び立つその姿と同調するように、烏の鳴き声が響き渡った。
「安心しろよ、オーサマ。外の世界にはこんな国よりもっと愛しいものがある筈だって」
「そうだといいがな……お前の事も。いつか」
さり気なく呟く言葉は、風に乗って流された。

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あきゅろす。
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