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 やはり自分の目に狂いはなかったと確信した。一度分かれた後も様子を伺っていたが、あのオーサマという青年はとてもじゃないが普通の人間などではない。何故なら、全ての行動理念が他者で出来ており、自分の感情などは度外視。例え避難されようと自らの非として認めるその態度は異常であるし、それに裏打ちされるように魂は純粋な輝きを放っていた。そう、悪人の魂は食べる事すら苦痛であるが、これ程の上質な魂はお目にかかった試しがない。つまりは最初から骨抜きになる程、その魂に一目惚れしていたのだ。
 しかし、問題が一つある。それは現時点で彼にとって“天使は処罰すべき悪”であるという認識だ。だからこそ、まずはその考えを修正したいと考えた。そうして出た作戦が、無垢な少年の皮を被る事だった。天使はそんな怖くないと伝えれば、純朴で何でも信じてしまう青年も騙されるのではないかと思ったのだ。そしてその結果が、あの鋭い一撃だ。成功するとは思っていなかったが、まさかネタばらしをする前に見抜かれるとは。意外と勘の良い所もあるのだという点は新たな発見だった。
 人目の着かないような森の最深部へとエスケープ。応急処置を施し息を吹き返すまで、自分の翼の中で彼を横たわらせる。青白い顔から戻るまで見つめてから、自分は何をやっているのだと気がついた。魂を食べるなら絶好の機会ではないか、今なら碌に抵抗も出来ない筈だと。そうして手の平を彼の胸の上に重ねて絶句した。
まるでロックがかけられているように引きずり出す事が出来ないのである。この形はまるで見た事がない。まさか本当に天上界の加護にでもかかっていると言うのだろうか。
ここまで好き放題に食べ散らかしてきたツケがまわってきた。翼で顔を隠すようにして思わず笑ってしまった。目の前に光り輝くご馳走が転がっているのに絶対に食べる事が出来ないとは。益々面白い人間だと口元が嫌でも緩んでしまう。
 目が覚めたばかりの彼の抵抗はそれはそれは凄まじかった。どうやら冷静になるまでに時間がかかるタイプのようだ。否、そうでなくとも憎き仇である筈の相手に助けられてしまったのだから自分の顔に泥を塗られたような気持ちになるのも仕方がない事ではあるのだが。
 それでは現実を見て貰おうか。ずっとさっきからそう遠くない場所から響いているざわめきの正体を。
嫌がる彼を無理矢理陣営の間近まで連れ出すと、そこには昨夜までの連携など嘘のように瓦解し、喧嘩に明け暮れる仲間の姿があった。恐らくはちぎれた衣服の破片と血溜まりを見て彼がもうこの世にいないのだと判断したのだろう。
「王様に無理矢理行けってけしかけて、団に戻った時どう責任とるつもりだ!!」
「全部私が悪いのか!?君だって一緒になって馬鹿にしていた癖に!!」
年甲斐もなく取っ組み合い殴り合いを繰り返す、まるで文明など無に返ってしまったかのように。この様子ではきっと国も不安定なバランスになっているに違いない。彼はある意味ではかなり重要な柱となっていたのだ。飛び出して訂正しないのが不思議な程、彼は押し黙っている。追い打ちをかけるように、口を開く事にした。
「こんなヤツらの為に神経すり減らしてたんだぜ、アンタ。笑っちまうよな、自分が嫌われ役になる事でチームがまとまってたなんて」
酷く絶望した表情をするかと思いきや、青年は堪え忍ぶように目を閉じた後、数秒経ってからこちらに目を向けた。
「−それでこれを見せて、お前は満足なのか。わざわざご丁寧に治療までしてくれたのだ。口惜しいが借りは返そうじゃないか」
その言葉は案に、自分に声をかけた理由を明かせと言っていた。まさかこの期に及んで自分と会話をしようとするとは、正気の沙汰ではない。思った事をそのまま尋ねてみれば、彼は首を傾げてさらに続けた。
「羽根が生えていようとお前は人間じゃないか。それなら攻撃ではなくまずは口と頭を使え」
言葉こそ冷静に見えるが、喉元に刃を突きつけて言う科白ではない。人間と断言された事に感動をしている場合ではないと剣をゆっくりと避けながら、どこから話そうかと頭を抱える事になった。
「こんな事言っても信じられねぇと思うけどな。オレここに来たくて来たんじゃねぇから、最初の数人魂食べたっていうのは本当だけど−不可抗力?みたいな」
再び剣が眼前に迫ってきた。自分より身長の高い彼が持っているせいか、月明かりを反射してやけに冷たく光って見えた。
「情状酌量の余地などない。僕を尾けていた理由を聞こうか」
「ありゃ、もうそこまでバレてんのか。そうだな、アンタの魂が美味しそうだったから……って言っても納得はしないよな」
「気づいたのはさっきだがな。こんな魔法も使えないような出来そこないの魂など、美味な訳がなかろう」
自分で言ってて少し落ち込みつつ、オーサマは視線を地面へと向ける。どうやらもう逃げる気はなくなったらしい。それならもう少し自分の内部事情も知って貰おうかと口を開く事にした。

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