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 朝になり見目麗しい女性を見送った王様はここから仕事の本番だと言わんばかりに森の中を突き進み、そして結果迷子になっていた。元々人が入れるように整備されていた場所ではないのだから当たり前の事ではあるが、ろくに睡眠もとっていない状況で、もしかしたら陣営に戻れないかも知れないという不安さえ心に陰りをさす。もし例え仲間と合流出来ないにせよ、此処にきた証−天使の顔に傷一つ付けずして何が隊長だ。そんな野心だけが原動力となって足を動かしていく。
 どのくらい歩いただろうか。いつの間にか日も落ちて遠くの雲の切れ間で烏が鳴く声が響く気がする程の長い時間の中森を散策するも、天使はおろかその羽根の一枚すら拾う事は叶わなかった。
そうして疲労困憊の状態でようやくたどり着いた仲間達の、なんと目の白い事か。
「王様?一日ダラダラ散歩しているだけなんておじいちゃんじゃないんですから」
「もう、しっかりしてくださいよね!明日はせめて天使の住処くらいは見つけてくれるって約束してくれますか?」
「あ、ああ……済まない、このままじゃ君たちも安心して家に帰れないだろうしな」
「そうです、オレ達王様だけが頼りなんですから!」
「−応とも。この僕に最後まで任せてくれたまえよ!」
言葉尻こそ冷たく聞こえはするがどうやらそこまで失望されている訳でもないようだ。王様はようやく腰を落ち着けるとずっ握りしめていた剣を降ろして自らの手のひらを見つめた。
 「……さっきからずっとそうしているけど、どうしたの?」
鈴の転がるような声がして、目を開けたまま眠っていた自分に気がついた。ぼんやりとしている間に今日も焚き火の番を体よく押しつけられていたらしい。聞き覚えのない声を頭の中で反芻しながらゆっくりと覚醒すると、焚き火のはす向かいには幼い少年が座り込んでいた。
「いや、何故僕には魔法の才能がない物か、と悲しくなってな」
「おじさん魔法使えないの?可哀想だね」
「おじ!?まぁ良いとしよう。どうやら運命指数的にも魔力に恵まれない星廻りをしているらしくてな」
「うんめいしすう?ほしまわり?」
小さく首を傾げる少年が知らないのも無理はない。一巡りの季節を六つに分け、60の周期の中で生まれた時を割り出す表という物がこの国には存在する。例えば四番目の時候は「花開く時」であり、その二十八番目は「砦」と定めされている。その二つを組み合わせ自分の運命を占う物を運命指数と言うのだが、あまり信じている者は少ない。
長々と説明してはみたものの、少年は退屈そうに首を傾げたままだった。子供にはつまらない雑学より楽しい冒険譚の方が相応しいのだろう。
「まぁそれはいつか学べばいいとして、だ。ところで君はどうしてこんな森の中にいるのかね」
「えっとねぇ、天使様に捧げ物をしにきたの!」
「また、天使様か……」
「オーサマは嫌いなの?天使様の事……」
少年があまりにも傷ついた言い方をするものだから、王様も大人げない自分の態度を反省しなければと頭を振る。すると自分の事のように明るい笑い声が飛び出した。
「あのねぇ、天使様はきっと救いの手を差し伸べてくれているんだよ!もしかしたら多少の犠牲はあるかも知れないけど、でもきっと信じていたら助けてくれるよ!」
まるでそれが当たり前の事だとでも言うように、少年は同意を求めてくる。それはそれは魅力的な誘いのようにも感じられた。しかし王様は一瞬の躊躇の後、その差し伸べられた手に刃を向けた。
「−子供にしては、やけに饒舌じゃないか。犠牲なんて言葉をこの僕がこの国の子供に使わせると思ったか」
その切っ先をしゃがみ込んで避けてから、少年の表情が歪に曲がって本性を少しだけ見せる。
「なんだバレてたのか……おじさん意外とノリ良いんだな。でも残念。アンタがどう思おうとこの国の子供は犠牲って言葉くらい知ってるんだぜ」
「そんな事は知らん!やるなら正々堂々正面から来なさい」
呼吸もつかずに間合いを詰めて喉元を一閃。したと思いきや軽く逃げられてしまい、いつまでも追いかける自分の姿は酷く滑稽だ。
「随分と横暴だな、一応俺の方が悪役の筈だろ?」
少年と天使の姿が混じった存在は、歪んだまま笑ったまま王様を見つめる。四つの目に見つめられるのは人生初めてで、どこを見返したら良いか分からず目を逸らす。
すると彼は後ろに回り込み始めた。剣相手に戦うのは初めてなのだろうか。
「ちょっ、っと待て。オイオイ嘘だろ止まれよ……!!」
王様は意を決して、自分ごと背後を貫いた。否、基より後ろに立った時点でそれをする事は覚悟の上だった。何故ならここで終わりにしなければ、本当に自分が何も出来ない“裸の王様”である事が知られてしまうからだ。
どんな理由にせよ、こんな何者でもない自分を王様と呼んで慕ってくれた事への報いを示したかった。見た事のない天使と戦う事よりも、それによって傷を負痛みよりも何よりも、失望される事が何よりも王様にとっての恐怖だった。

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あきゅろす。
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