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Short

 初老の男に何かあればと予め用意されていたように表れたジケイダンとやらはどうにも軟弱だ。翼人はもぬけの空となった形骸を眺めてため息を一つこぼす。恐らくこのままでは同じ事を繰り返す形になるのは明白だ。魂は物理的質量を持たないからこそ、食べられる量に限界はない。だからと言って、胸焼けのするような悪人や他人の影響を受けやすいような個性のない魂をいくつも口にしなければならないのは苦痛でしかない。味のしないガムをお腹いっぱい噛みしめるよりも、どうせなら腹八分目まで楽しめるような思える魂を味わいたいというのが正直な気持ちだった。
そうして思いついたのが、一つの策だった。これは確か遠方の、兄弟同士で勢力争いをしているような国で使われていた方法だ。
「……嘘の噂を流し、困惑に乗じて人の数を減らす。そうして生き残った選りすぐりの中から、最高の一人を見つけだす−我ながら天才かもな」
もはや庭と言わんばかりに木々の上を飛び回る。少し耳を済ませるだけで、見た事もないような天使様とやらに踊らされる滑稽な声が聞こえてくる。その様子を想像するだけで、楽しみで仕方がなくなる。それはまるでプレゼントの包み紙を開けずに待っている時のように。
 そうこうしている内に、森に再び命知らず達がやってくる事になったらしい。
烏に紛れて空から怯えて暮らす人々を眺めるのが最近の日だ。その日も同じように飛び回っていると、誰も聞いていないというのに演説をする青年の姿が目に留まった。

 “一体誰が天使の言葉を見聞きし広めたのだろうか!”

まるでオペラ歌手のように堂々と宣う姿勢に、思わず釘付けになってしまった。
まさか自分の術を看過する人間がいようとは。面白さのあまり観察を続けていると、ある違和感に気がついた。
「コイツ、どうやってこんな高い塔まで登ってきたんだ……?」
いくら見つめても、彼の身体には人間が通常持っている筈の魔力−魔法を使うために消費するカロリーのようなエネルギーの流れがまるで存在していなかったのである。
箒にまたがれば軽く蹴り上げるだけでもたどり着けそうな場所ではあるが、彼がそうした所でせいぜい30センチも飛べまい。わざわざ苦労してまでそこに立つ意味が、理解の範疇を越えていた。
しかし魔力が流れていないという事は、忌々しい魔法に汚されていないという証でもある。少し彼が気になってきて、もう少しよく見てみたいという欲求が沸いてきた。
ならば善は急げ。塔の上で盛大に笑っていたあの彼が円滑に自分の元まで来るように仕向ける事は、造作もない事だった。
 そうして待ちに待ちわびた夜がやってきた。たった一人の天使を打ち落とす為に仲間を大勢引き連れて歩く様はまさに人間そのもので、そんなに警戒しなくてもまだ何もする気はないのにと同情心すら沸き上がりそうになる。
 そうして聞き耳を立てていれば、あの彼は意外な性格をしているようだった。
「オーサマがちゃちゃっと倒してきてくれたら、オレ達すっごく尊敬しちゃうと思うんです」
「そうか?はっはっは。冗談でもそう言って貰えると嬉しいよ」
冗談と受け取るつもりなどさらさらなく、完全に真剣な気持ちとして受け取っている表情のまま仲間と談笑する。どうやらあの奇妙な魂の持ち主は「オーサマ」という名前らしい。それまで嘘つきは嫌いだったが、照れながら謙遜するその姿勢は見ていて胸を締め付けられるような思いがした。
 オーサマは、その後も仲間に言いように丸め込まれたり上手いこと利用されたりしながら深い森を切り進んでいた。どうやら今晩はここに寝泊まりし、早朝の油断した隙を狙う作戦のようだ。
「そういう人間の弱点が人間じゃないモノに通用すると思ってるトコも、ちょっと抜けてんだよなぁ……」
この人間の今後が若干心配になりながらも様子を見ていると、急に一行は静かになってしまう。オーサマ以外の全員がなんと眠ってしまったらしい。
本人は器用に生きていると自負していても、実際不器用という事はまれによくある。
薪と仲間達とを何度も見比べる姿はさながら捨てられた子犬のようだ。
仕方がない、と羽根に自分を包みながら、いつか自分に魔術を教えてくれた魔女の見た目を借りる事にした。
 火を点けられないと悔しそうに膝を拳で打つ彼に待ったをかけ、風を起こすよりも早く炎を起こせばたちまちに薪は大きな焚き火へと変貌を遂げる。
ぼんやりと火を眺めていたかと思えば、オーサマははっと我に還り頭を下げた。
「何とお礼を申し上げたら良いか−そうだ!恩返しをさせてはくれないだろうか」
「私はただ森に迷い込んでしまっただけで……そうですわ、明日の朝、麓の村まで案内してくれる?オーサマみたいな丈夫そうな男性がいたら心強いわ」
吐き気のするような甘えた声を出してそういうと、脂下がった表情で彼は二つ返事で了承する。そんな簡単に信じてしまうなんて、この男本当に大丈夫なのだろうか。
 大した話もしないまま、夜は明けていく。見ず知らず名乗りもしない女を軽く信用してしまう様子を見るに、此奴もどうやらただ平凡な人間でしかないのかも知れないと思い直し初めていた。

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あきゅろす。
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