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 王様一行が森へ到着するや否や、むせかえるような臭いに吐き気を催した。一体この暗雲立ちこめるような空間の何処に天使様がいると言うのだろうか。
少し前までは手入れがされていないだけの青々とした静かな森だった筈なのに。自分の預かり知らぬ所で勝手な事をされると、例え自分の所持物でなかろうと良い気がしない。
「こんな臭い植物、森にありましたっけ……外来の害獣なぞが表れたとか?」
「馬鹿者。これは生き物が腐った……死臭さ。大方、最初に見に来たまま帰ってこなかった自警団のメンバーが供養もされずに朽ち果てているのだろうよ」
我が口から出た一言ながらなんと情のない言葉か。きっと彼らも未知の世界に足を踏み入れるようで怖くて仕方がなかった筈。震える足に鞭を打ち前に進む名も知らぬ青年に黙祷を捧げでもしないととても自分が自分を許せそうにない。王様は悔しさを滲ませて握り拳を木に打ち付ける。衝撃のあまり飛び去る小鳥の羽音を聞いて、少しだけ冷静さを取り戻す。
「それにしても、魂を食べるとは……面妖な。そんな事を本当に天使がするのだろうか?それは寧ろ死に神の所行と言えるのではないか……」
顎に手をやり一人でに呟くと、隊員の一人は大げさに肩を震わせながらこちらを見つめる。
どうやら彼は志願して自警団に入った訳ではないらしい。命が惜しいと列の後ろの方にいた筈が、どういう理由か前に押し出されて感極まったようだ。
「お、王様は怖くないんですか!天使なんて伝説上の存在なのに!」
「それは……この目で見た事がないから怖くないのかも知れんな。だが、一目見えたのならこの僕に斬れぬモノではあるまい。よって怖くはないぞ!」
その恐怖を少しでも肩代わりしてやりたい一新で豪快に笑ってみせるが、青白い表情は堅いままだ。これでは道中ずっと怯えたままになってしまうと王様が頭を悩ませたその時、別の隊員がおずおずと手を挙げた。
「王様、奇襲をかける前にまずは誰か一人に様子を見てきて貰った方がいいんじゃないでしょうか?例えば、皆に頼られてどんな危険な場所にも果敢に前進出来るような−」
「いや、君達を危ない場所に向かわせる訳にはいかん。そ、その頼りになる人に該当するかは分からんが、僕が行ってこようではないか」
「隊長はオレ達の王様!頼りにならない筈ないじゃないか!」
「王様一人で突っ走っちゃって、天使倒して一人で戻ってきたりして……」
「ハッハッハ!それもいいな。では中腹で野営の準備をしたら、明朝向かうとするよ」
剣を片手にそう返せば、にわかに隊員全員の笑顔が広がる。そうか、最初からこうしていれば人々の笑顔は自分にだって守れるのだ。
いっそ本当に天使をしとめてしまおうかとさえ思ったが、それはそれで手柄を独り占めするようで面白くはない。だから王様は、半殺しにして戻ってこようと心に決めるのだった。
 道なき道を短刀で切り分けながら進んでいく。一匹の虫の気配もなく、風の音だけが耳をすり抜ける異様な空気。ぬかるみに足が引っかかれば腐った果実がひしゃげるような触感で、背筋を一筋の汗が伝う。
王様に任せるという安心からか、隊員達の足取りは軽いようで、腰を落ち着けそうな場所を切り開けばすぐに野営の準備をして床についてしまった。
「馬鹿者……焚き火の番をしなければならないと言うのに……」
そんな変わり身の早さに呆れもしため息も出るが、王様の表情は穏やかそのものだ。
どんな時でも不安で枕を濡らすより、眠れる方がずっと良いに決まっている。
それなら自分に出来る事は、彼らの眠りが脅かされぬように見守る事だと思ったのだ。
 とは言え、自分には魔法の才能が空っきしである。そんな重要な事をすっかり失念していた王様は、積み上げた薪を前に一人頭を抱える。
先ほどまで静かに寝ていて欲しいと聖人君子のような願いを持っていた筈が、今は今すぐ起きて火を起こして欲しいに変わっている。
流石に王様と呼ばれていようと真っ暗闇の中を精神的に一人で過ごさなければならないというのは苦痛である。
 どうしたものかと思った、その時だった。
「あのぅ、もしや火が必要なんですの?」
見渡す限りの雑木林にはとても似つかわしくない、小鳥のさえずりの様な声が耳に届いたのは。
こんな時間に、こんな場所で?一体何の用があると言うのか。
普通の人間ならばあり得ない。ならばこの声の主はきっと、ヒトならざる存在。
脂汗を滲ませて、王様はゆっくりと振り返る。愛用の剣が何故かやけに重く感じた。
まず相手の足を見る。白樺のような細足に、ベージュの革靴が目に留まる。足はある事からどうやら生身である事は確認出来た。甲冑等の装備らしい物も見あたらない。
それならと意を決して顔を見るや否や、王様は悪人ではないという判断に切り替えた。
そこに立っていたのは女性で、しかも見目麗しい姿をしていたのである。
ちょろくておだてに弱い王様は、美しい物にも目がなかった。

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