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 魔女にさえ見捨てられた森の奥深くに、ある夜天使が堕ちてきた。
眷属の蛇ですら眠りにつこうと目を閉じる程の時刻、それは大きな音と共に一閃の光をまとって姿を見せる。
眠りに目を擦ってこそいたが、ほとんどの人物が事態を把握した頃に、力自慢の青年を集めた自警団が重い腰をあげるように現場へと向かった。
そこまでなら、いつも通りの光景で、窓を開けた食堂の旦那も翌日の仕込み作業に戻ろうとしただろう。野犬の喧嘩か幼子の悪戯なら、まれに森でも起こりうる事態だったからだ。
しかし、そうはならなかったのが、この魔法社会に似つかわしくない銃声と悲鳴が響きわたったせいか。
夜空を切り裂くが如く耳を震わせるそれは、応援要請−つまりSOS信号の発砲音。
「天使」は様子を見に来た自警団に襲いかかり、その全てから魂を抜き取った状態でこう言ったそうだ。

 “季節が一巡りするまでの遠くない未来、この国は潰えるであろう。”

そんな噂が広がれば、民衆はたちまちに阿鼻叫喚の渦と化す。ある者はいずれ訪れるであろう終末の日に怯え、またある者は怖い物見たさで森へと忍び込み、帰ってくる事はない。
言わばこれは期間の不明瞭な時限爆弾のように、全員にすべからく告げられた死刑宣告でもあるのだ。
しかも悲劇的な事に、自国は百年もの間他国との交流を遮断する事で平和を保っており、逃亡するという事すら一般的な人程思いつかない。そうなるように親から子へ、その子から子へと教えられて育ってきた。
普通の危機であれば、自警団や王家に従属する者程職務を放棄して逃げる事が多いのではないであろうか。しかし此度は鎖国の丁度百年目。不思議な事が起きてもおかしくはないのかも知れない。
王宮に少しでも近づいていれば、有事には助けて貰える。要人を救護すれば、感謝されて勲章を貰える。そんな根も葉もない話が一人歩きして、傍目には協力しあう清らかな国民の図が出来上がった。
 ところで、天使とは一体何なのだろうか。国で一番優秀な図書館の司書ですら、その言葉はポジティブな意味合いで覚えていた。救済へと導く孤高の存在。大魔法文明が発展するように、人々を暖かな光で包んでくれるのではないか、と。
そもそも、その存在は自らを天使とは自称していないのだから、どの要素を持って天使だと判断したのか。そんなゴシップ記事が号外として配布される事もあったが、盲目で狂信的な者によってそのほとんどをもみ消されてしまう。
異常な現象としか言いようのない事態に巻き込まれた時、それが例え口伝であろうと信じてしまう集団心理を冷静に判断出来る人の方が少ない。
 そんな中、世界を見渡せそうな程高い時計塔の上に登り、雄叫びのように戯曲のように舞う男が一人。
「一番最初に確認した自警団は誰一人として戻る事はなかった筈。それでは一体誰が天使の言葉を見聞きし広めたのだろうか。−それはきっと、我が物顔で森に住まう天使しか知らないのであろうッ!ならば僕は!それを討ち取って見せようではないか!」
朝であろうと夜であろうと、意気揚々と高所に登り尊大な態度で宣言する事から、彼は“王様”と様々な人から呼ばれていた。
勿論、本当に王族の者ではないし、家も平々凡々な一般さを絵に描いたような五人家族だ。
両親はおろか兄も妹も多少の差異はあれど魔法の才能を見せていたが、どうやら座学は性に合わないらしい。王様はもっぱら剣に傾倒し、座右の銘は「見える物なら魔法でも斬る」だ。
だからこそ、天使の話を聞かされた当初の王様はひどく嘆き悲しんだ。何故なら、彼は王様と呼ばれ始めた頃から自分を慕ってくれる民衆を守る事だけを考えて自警団の活動にも積極的に参加する程だったからだ。
幼い少女達ですら王様をせせら笑うように指を差すが、それすら彼にとっては応援の熱いラブコールとして目に映る。
「ねぇ見て、あの人また時計塔なんて登ってるのね……」
「まぁバカと何とかは高いところが好きって言うし、この間も落ちて怪我したばかりなのに」
「やめなって、本人が聞いたら悲しむよ−それより天使様の捧げ物作りましょうよ」
興味が薄れるのは早く、少女達は花畑へと駆けだしていく。その後ろ姿を見つめながら、王様は守りの決意を固めるのだ。
まさか愛称がどんな由来であるかなど露知らず、王様は今日も自慢の刃を尖らせ光らせ己を磨く事に余念がない。もしかしたら、知らない事は幸せな事なのかも知れないが。
そうして天使の出現からそう時間を置かずして、王様が志願するが早いか、彼は討伐部の第二陣営を任される事となった。
遠距離からの攻防戦を得意とする魔法とは異なり、剣技は前衛に立ち現場へと切り込む事が出来、自警団でも重宝するのだ。
「今日から諸君らを率いる事となった。短い間だがよろしく頼むぞ」
「王様強いんだから一人で倒せちゃうんじゃないですか?」
「そ、そんな事はないぞ……でも、そう言われると出来る気がしてくるから不思議なものだな。まぁ大船に乗った気で安心してくれたまえ!」
にわかに照れながら王様は大げさに笑う。隊員は目を背けながら“こいつ、ちょろいな”とため息を吐いた。

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