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一日目
 「清水君、すごく言いにくい事なんだが」

24歳を迎えるか迎えないかのその日、突然呼び出された僕は上司にあたる執務長に退職勧告を迫られた。
それもその筈。今月に入って、もう何枚皿と窓ガラスを壊した事だろうか。

腕力に自信があるからと雇われてもう数年になるというのに、いつまでたってもその加減が出来ずろくに仕事も出来ないのだ。

行くあてのない自分を住み込みで引き取ってくれた快い人達を、こんな自分なんかが裏切る訳にいかないと尽くしたつもりだったが、もう必要はないという事で。

体力があるのならガードマンとしてもセキュリティ面で重宝するであろうと信頼してくれていたが、執事の職務とはふたを開ければ一人でなんでもこなさなければならないのだ。

 朝は家人より早く起きて、前日に用意しておいた調理を引き続き進行する、コックの始業は七時からだから、それをアシストするのも執事の仕事の一つなのだ。

自分の身支度にかけられる時間は少ない。
しかし屋敷の主は丁寧に。

一人息子のお坊ちゃまの服を着せ替えようとすると、思わず手が震えてしまう。

「清水、いくら何でも時間がかかり過ぎ」
「すみません、あっご、ごめんなさい、っ……」

掛け違いそうになったボタンを、指先で弾き飛ばしてしまう。
音もなく床を転がるそれを二人で見つめれば、はぁ、という溜息が雇い主の口から放たれる。

先回りするようにさっとボタンを拾われてしまい、いきばの無い手が右往左往する。
せめてボタンをつけ直そうと伸ばしたその指先は、軽くあしらわれてしまう。

「俺、前に清水がかがり縫いしようとして針折ったの何回も見てるから」

 この豪邸で暮らすのは、明治時代から続く老舗の家具メーカーらしい。
らしいというのは、僕には何も教えて貰う事は出来ないのだ。
逞しいガードマンや、番犬を飼わなければ守れないというでも言うかの如く屋敷の中には何人か僕のような存在がいる。

そしてその多くは、僕なんかと違って自分の持ち得る力を加減し、火事場になれば全てを賭けられるようにコントロールがきく。

今更人ひとりを解任した所で揺らぐような守備ではないのだ。
お坊ちゃんには、今後の財をなすか否かの舵を切る義務がある。

だからこそ、いざとなればすぐに身代わりとなれるであろう清水は傍に配置される。しかし。
ろくに仕事も出来ない僕に、ついぞ彼は心を開いてくれる事はなかった。

 「食事を作れば調理器具を壊し、シーツを替えれば破り、床を磨けばモップが折れ……こんなの、もう役立たず以外の何者でもない」

ブツブツと反芻しながら、長い廊下を歩けばそこには何人たりとも気配はない。
この道の先には、選ばれた者以外は進んではならないという決まりだった。

何でも、この屋敷に住む一族を大富豪たらしめている理由にあたる“福の神様”がお休みになられるという話なのだ。
勝手に入れば、罰が当たるし、生きて帰れないと言われる程の大きな力を持つ存在。
僕は別にもう、帰る場所だってなくなるのだから関係ない。

「神様なら、痛みもなく終わらせてくれるかも知れない」
そう思って、僕はあの檻の前に降り立ったのだ。

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あきゅろす。
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