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Short
零日目
 高い天井に、薄明りがいくつか。
三方向はコンクリート打ちの壁で囲われ、あるのはベッドと机といくつかの本だけ。
運ばれてくる食事に口をつければ、それなりの味はするし、書物は定期的に新しい物が届くから退屈はしない。

目の前に広がる鉄格子からは、時折前述のどちらでもない紙が差し込まれる。
顔写真と名前と、簡素な経歴の書かれたそれを濁った眼で見つめると、僕はため息をついて“仕事”を終わらせた。

指先を差し込む程度の隙間しかない鉄格子に触れると、ひんやりと冷たく、逃げ出す事を考えられそうにもない。
だからもう十何年以上、外の世界を想う事など諦めきってしまっていた。
まさかそれが、あの運命の出会いで変わるなんて、この時の僕は思ってもみなかった。

 座敷童子(ざしきわらし)をご存じだろうか。
古くよりお屋敷や蔵などに住まう精霊的な存在とされ、見た者に幸福をもたらすだとか、一族に富と繁栄を与えると信じられている。
見た目こそは統一されていないが、幼い子供の姿をしているのではないかと考えられている。

小豆が好きらしい……そんな内容の事も本の知識で得た。ちなみに自分には好物の食べ物はない。
しかし、私をここに閉じ込めたこの豪邸の持ち主は、『大切な座敷童子様だ』と私の事を畏怖していた。
そしてこの広い土地で働く召使い達も、同様に腫れ物扱いをしてくれるのだ。
まるでお前は人間ではないと、あやかしの類だとでも言うかのように、丁重にされる事の悲しみだけがこの牢には満たされている。

 このまま私は、この豪邸に飼い殺されるのだろうか。
不定期で届く“紙”は、私がいつまでも必要とされ続けている証の仕事だ。
この家に仇なす者に不幸を。そんな事を願わなければ食事が届くかどうかすら確かではない。

さらに言えば、それが本当に功を奏しているかも、自分自身では分からないのに。
それでも次々と依頼の紙が届くのは、おそらくうまくいっているという事なのだ。
ならばこの豪邸は、私の力で間違いなく栄えていく。

それはなんだか、途方もなくつまらない事だとぼんやりと考えていた。
先日読んだ本に、ラプンツェルという海の向こうの話があった。
そもそも海を見た事のない私には、それは概念的な想像でしかないのだが、彼女はまさしく私と同じような存在なのだろう。

 でもそれでも、ラプンツェルは不幸ではなかった。たったひと時でも外との触れ合いがあり、愛すべき一人の人と出会う事が出来たのだから。
私は、もしも外の世界を知られる日がくるのなら、その時隣には大切な人が居てほしい。

現状、ただ待っているだけでは、まるで自分はお姫様だ。

しかし生物上男として生まれたからには、その大切な人を守り支えられるような、そんな自分になりたいとすら思えるのだ。
きっと、その相手の為にならこの力は惜しみなく使う事が出来るし、怪物にだってなれるだろうから。

文字の世界だけで想像するのは、自分にとって理想の女性。
華奢な腕に、煌びやかな金髪で、鈴のような笑い声をして―実際に見た事がない物ばかりだから、これが“好き”という事なのかも、まだ知らない。

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