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Short

 ファーストキスの代表的フレーバー・レモン色の鮮やかなラインを乗せて、今日も中央総武各駅停車は三鷹駅で折り返し運転をしている。
比較的座れる確率の高い始発に親友と二人乗り込んで、和戸頼人は例のごとくため息を吐いた。

「今日もオレ超頑張った……マジオレ、お疲れ様すぎる」
「僕は三鷹まで徒歩だけど、頼人はバス降りたら全力疾走でホーム来てるもんね、偉い偉い」

力なくうなだれるその背中に、小さく優しく手が乗せられる。男子にしてはいくらか弱々しいその腕は、頼人の親友の気遣いだった。

「だって間に合わないとお前、先に電車乗って行っちゃうだろ」
「だってこれに間に合わないと一限の講義間に合わないじゃない」

おもむろに鞄を漁りながら、親友はさも仕方がないといった様子だ。
これ見よがしに作りかけのレポートを出してこそいるが、別段予習をする訳でもなくあっさりとしまう。
『幼児リトミックと現代保育のあり方について』と記されたサブタイトルを一瞥してから、頼人は目をそらす。

「嘘つき。お前はあのリーマンが見てーんだろ」
「ちょっと、そんな大声で言ったら気づかれるだろ」

他人には到底聞こえないであろう声量で呟いたのにも関わらず、親友はやけに焦っている。
そのせいで、件の男性もこちらを振り向いてしまった。
皺の一つもないグレーのスーツに、ささやかな白のラインが似合ういかにもサラリーマンといった恰好のその人は。
毎朝同じ時間帯の津田沼行きに乗車し、頼人たちと顔を合わせる、いわば「いつも会う人」というもので。

(いつまで見ればいいんだ、こんな茶番)
男性と目があったのか首筋まで赤く染めて俯いた幼なじみが、実る望みのない片思いをしている相手だった。

 尤も、本人は密かに隠していると思っている
つもりらしいので、頼人も余計な詮索はしない。
それどころか、出来れば自分はそっとしておいて欲しいとさえ感じていた。
そんな矢先に、きっかけは突然やってきた。

 「ねぇ、君……ちょっと、聞いてますか?」
親友が風邪をひいて大学を休むことにしたその日。
待ち合わせる相手もいないのにも関わらず頼人はいつもの車両に乗ってしまっていた。
他愛もない喋りに高じる相手もいないのだからとイヤホンを耳にして、目的の水道橋駅まで眠ってしまおうかと目を瞑った瞬間の事だ。
突然見知らぬ声に揺り起こされて、頼人はようやく片目だけをあげた。

「あっやっと起きた……ってそうじゃなくて、あのさ、いつも一緒にいる男の子?って、今日は一緒じゃないんですか?」
「……あー、あいつは風邪で」

そこまで返事をして、急激に頭が覚醒状態になる。
目の前に立っていたのは、紛れもなく親友が焦がれて貯まらないお相手だったのだから。

「風邪!?そうなんだ、何か毎朝見かけてたから心配だな、お大事にって伝えておいてくれますか?」
頼人は二つ返事で返そうとして、ふとその男性の顔をまじまじと眺める。
座っている自分と話す為に少し前かがみになっているその目の前の相眼を見つめて、その黒目の中にある感情がわからないものかと思案したのだ。

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