へんへん。
あだな
「ニックネーム?」
長塚蛍の左手から、カランカラーンと箸が滑り落ちた。
しかし、そんな友人の様子にはお構いなしに、向かいに座る向山はご機嫌そうに頷く。
「そう。今俺のクラスで流行っててさー。何か特別っぽくて良くね?」
長塚は箸を拾い直し、はぁ、とため息を吐く。
何時も通りに、またこいつの馬鹿に付き合わないといけないのか。
付き合わないと言う選択肢が既に存在していないという事はさておき、長塚は卵焼きを口へ運んだ。
「咲のニックネームなんざ決まってるよ、馬鹿だ馬鹿」
あっけらかんと言われた一言に、今度は向山がフォークを手放した。
「もっとかっちょいいのがいいんですけど」
カルボナーラにフォークを突き刺して、向山はそっぽを向く。ど
うやら自らが馬鹿だと言う事は認めるらしい。
くるくると巻かれていく麺をしばらく見ていた向山は、はっと気がついたかの様に長塚に向き直った。
「長塚は“ガッツ”だな!」
ナ“ガツ”カだし、何か無駄に筋力あるし、そうだそうだこれしかない。
それがさも公認の物であるかの如く、今にも教室中に広めんとする向山を、長塚はチョップ一発で黙らせると弁当箱の蓋を閉じる。
と言うかそろそろお前も僕の事下の名前で呼んだりしないのかね、全く。
弁当箱の中に本音を閉じこめて、長塚は再びため息を吐いた。
「とある人にあやかるとするなら、咲は“サッキー”だね」
ぼそり、と何気なく独りでに呟いた言葉だったが、向山にはしっかりと聞こえてしまっていたらしい。チ
ョップのせいで、未だに痛い頭を抑えながら、向山は何とも言えない複雑そうな表情ではにかんだ。
「……やっぱ、何時もの“咲”が一番だわ」
呼んでみてよ。そんな風に尋ねられて素直に応じる長塚ではない。
「お前なんて馬鹿で十分だよ」
それは、何時もと変わりがない言葉だったが、向山は今日一番に機嫌の良い顔になった。
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