へんへん。 最終話 その日の朝から、長塚蛍の様子はおかしかった。 珍しく鼻歌を歌っているかと思いきや、放課後には向山の家に行きたい、等と言い出したのだ。頼まれたら断れない性格の向山。 他ならぬ恋人の願いとあっては、断る事など出来なかった。今日は、母親が家に居る日だとしても。 二人で向山の部屋で過ごしていると、突然ドアが無遠慮に開かれた。 完全に脱力モードだった長塚は、高速で衣服を整えその場に正座する。 「あら、お友達も来てたのね」 ふわあ、とゆるく欠伸を一つする向山の母に、長塚は綺麗な角度のお辞儀で、丁寧に挨拶をする。 向山は、長塚の優等生らしさに唖然とした。 そして更に、長塚が頭を上げた直後の発言に、声が出ない程驚愕した。 「お友達ではなく、同棲を前提としたお付き合いをしております」 長塚の一言に、向山の母親は少しだけ動揺したらしい。 ぴくり、と反応した眉を向山が見つめていると、咳払いをして、表情を取り戻した。 「私にとやかく言う権利はないわ。好きにしたら」 ゆっくりしていきなさいね。 自らの母親が、よもやそんな事を言うとは。 予想外だったのは向山だけではなく、長塚も同じだった様で、彼女が去ってからも、しばらく正座を解く事が出来ずに居た。 しばらくしてから、玄関のドアが開閉する音が家中に響くと、長塚はようやく足を伸ばした。 痺れる足を、向山が撫でてやると、その腕は強く引き寄せられ、向山は長塚にもたれ掛かる体制になってしまった。 「あー、何か今までで一番緊張したかもね」 向山が何と言おうかと四苦八苦する中、長塚はぼんやりと宣った。 「蛍、ちょっと格好良かった気がする。ほんの少しだけ」 でも同棲って何だよ。 そうつっこみを入れながらも、長塚の胸元に顔を埋めて、向山は小さく礼を述べる。 すると長塚は、口惜しそうに舌打ちをこぼした。 しかしその顔は、嘘みたいに明るい物だった。 「息子さんを僕に下さいくらい、言っちゃえば良かった!」 [*前へ] [戻る] |