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アラマホシーズンズ
A year later
 薄明かりに照らされて、カクテルは密やかに煌めく。呑みの席は無礼講。何を言っても許される雰囲気に、閉ざしていた雑念が沸き上がる。
右隣でちびちびとハイボールを舐める次郎を横目に見ながら、理人は小さく呟く。
「次郎の癖に童貞じゃないとか生意気」
すると、驚く様子もなく相手は至極冷静に切り返す。
「……自分だって初恋人じゃない癖に」
まさかのカウンターパンチを食らったせいか、グラスを掴む手が痙攣した。すっかり空になった生ビールの残りが、底で跳ねて泡を作る。
「チッ……どこで知った?」
知らず知らずの内に舌打ちをしてしまい、口許に手をやると、唇と指の温度差で刺激を感じた。
次郎は伏し目がちに笑うと、机の上の水滴を指先で弄んで続ける。
「カマかけたつもりだったんだが、やっぱ図星か〜」
残念だけどお前カッコいいもんな。
褒められている筈が気分は天国と地獄。気分が一気に叩き落とされた報いは受けてもらわなければならない。
「ちゃんと愛してるのはーアンタだけだけど」
「うっ……さ、先に好きになった方が弱いっていうしな!理人の負け!」
余裕綽々の表情が崩れさって、眉根は頼りなく下がり、声色は弱まる。ようやく巡ってきた好機を逃す手はない。追撃をかけてやるべく理人は再度口を開く。
「そいつにアンアン喘がされてるやつに吠えられても怖くもなんともないねぇ」
決定打を下されれば、元々酔いが回っていた次郎は限界とでも言うかのごとく机に突っ伏した。

 そんな二人の様子を、少し離れた席から見守る者達がいた。
「あちゃー……すっかり二人の世界に入り込んじゃってるね」
両手を振ってため息を吐くのは、名字が変わっても美しさは衰えないウララ。成人してから益々逞しさが増えて、横に座った旦那を震えさせる。
「荒瀬君もそうだけど、お酒弱いもんね、次郎君」
我が子をあやしながら、トキタはウーロン茶をすする。異質な雰囲気を放つ角の空間を見つめて、こちらも長い息を吐く。
「二次会で人数減ったとは言え、同窓会だって事忘れちゃってるのかな」
そう、今日は卒業して五年を祝した集まりで、クラスメイト貸し切りの飲み会だ。
季節は春。恋が沸き立つ季節とは言え、いくらなんでもやり過ぎだ。そんなウララの呆れた声ももろともせず、死んだ目で落ち着かせようとするのは、誰よりも荒瀬と本間を案じていた担任だった。
「先生は嬉しいよ、二人が仲良くなってくれて……」
「せ、先生……」
苦労を感じる科白に、トキタは同調せざるを得なかった。

 クラスメイトに早く帰れと背中を押され、へべれけになった次郎を抱えるようにしてたどり着いたのは彼が独り暮らしをしているマンションだ。
地上を随分と離れた階層にあるそこは、稼ぎの差を明確に表しているような気がした。

「オイ、服くらい自分で脱げんだろ」
脱衣場に放り込めば、体育座りで相手は遠い眼差しになる。
「夜の店みたいに脱がしてくれよ」
「行った事ねぇから知らねぇっつの。何アンタ、甘えてんの?」
この状況でそれが何を意味しているのか理解しているのだろうか。それを含めて尋ねれば、少し酔いが覚めてきたのか頭を掻いて深呼吸を一つ。
「ーっていうか俺、夜の店しか知らないからな」
話の繋ぎ目が唐突すぎて考えが及ばない。理人が無言で続きを促すと、次郎は荒々しくシャツを脱ぎ始めた。
「だから!素人童貞って事!」
「……ああ、なるほどさっきのか」
合点がいって、思わず手のひらを拳でポンと叩いてしまう。恥ずかしそうに顔を赤らめた次郎は、そのまま浴室へと進んでいってしまう。
「じゃあアンタの好い所開発したのって、僕だけ?」
ドアの向こうでシャワーの音にどうせかきけされるならと小声で訊けば、勢いよくそれは開いた。
「えっちょ………ん、」
そうして襟首を掴まれたと思えば、強引に噛みつかれるようなキスをされる。
「っ俺だって、ちゃんと愛してるのはお前だけ!」
水に濡れているせいかいつもより割り増しで誘われているように見えるだとか、お酒の力とは言え随分と大胆な発言をする事だとか。
色々な理由を引っくるめて、今すぐこの腕に閉じ込めてしまいたいと感じる。

 いつもの如くベッドインしたら、やる事は一つだけ。酒のせいで正常に反応するかどうかを心配しかけた半身も、次郎の前戯を前に陥落していく。

 その後と言えば、どちらからともなくピロートークが始まって。
初めて寝そべる次郎の寝具からは、彼が普段つけているゼラニウムの香水がふんわりと漂っていた。
すっかり黒髪になった彼の神聖な空気にマッチしていて、枕に顔を埋めたくなる自分を律する。
代わりに出るのは、お得意の悪態。
「次郎の癖にこんないいタワマンで暮らしてて複雑」
「まだやんのかその会話……いつでもお前がこれるように、防音の部屋にしたのに」
「チッ……何だよそれ」
自分より随分カッコいい理由で悔しさが余計に積もる。
早く言えよと怒ったら、悪戯が成功した子供のように彼は笑った。
「だって冒険には、いつだってサプライズがつきものだろ?」

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あきゅろす。
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