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アラマホシーズンズ
After
 荒瀬理人は素直じゃない。
多分それは、周りの人間誰もが知ってる事実だと思う。
実際の所、成人して家業を継いでからというもの接客業が直してくれるものでもないらしい。
いつかは本間と、ありのままの気持ちで話せる時が来るのだろうか。
店のカウンターの中で今日も一人でに俯く。

「……次郎、こっち来い」
「あー、はいはい。全くお前は、人の事を何だと思ってるのかねえ」
僕に腕を引かれながら、ついに恋人となった次郎は苦笑いを一つする。
絶対口に出したりなんか出来ないけど、一応ちゃんと恋人とは思っているんだ。
少しムッとなる表情を隠さずに、理人は彼の口を強引に塞ぐ。
「……ふっ、ちょ、ちょっと人が来たらどうするんだい」
今日はお客様としてお店に遊びにきていた次郎は、身動ぎするように周囲を見回す。
キスを軽く受け止めながら、そしめ満更でもなさそうに口元を手で押さえてたおやかにはにかむ。
その表情が眩しくて、愛しさのあまり勢い余って強く抱きしめてしまった。まぁ、いくら恋しく思っていても、それを口に出す事はなかなか出来ずにいるのだが。

 次郎は実の所、どのくらい思ってくれているのだろうか。出来る事なら聞いてみたい、けれどそれはとてつもなく怖い事でもあった。二律背反の感情が、いつだって心の中をぐるぐると渦巻いていく。
ようやく付き合い始める事が出来て、まだ数ヶ月しか経っていない。
だが、少しくらいは前よりもっと好いていてくれると嬉しい。
そんな事ばかりとをふつふつと考えていたその時、不意にある事に気がついてしまった。

(僕、あれから次郎に名前を呼ばれた事がねーんじゃ……?)
再会して、全てをさらけ出した、あの日以来。
彼は理人の事を「お前」と呼び続けていたのだ。
もしも、もう一度名前を呼んでくれるとしたら、今度はどんな風に呼んでくれるだろうか。
ちゃん付け、呼び捨て……ああ、きっとどんな風に呼ばれても自分は喜べる気がした。

 明くる日の事。昼飯を食べ終わった僕は、人目につかないベンチでで次郎に頭を撫でて貰いながら、うとうとと眠りの世界へと旅立とうとしていた。寝ぼけ眼で彼の手の動きを追って、閉じていく瞼の向こうから、あっさりと意外な質問がくり出される。

「理人さ、最近ちょっと無口になってない? 俺なんかしたかな」
「そうか?」

思い返せば自分の返答は殆どメールの文面ばかりだったように感じる。
「メールだと饒舌じゃん」
「余計な事言って嫌われたくないから、かも」

その瞬間、次郎はオレの髪をふんわりと梳いて、嬉しそうに笑った。
そうして紡ぎ出された言葉は、きっと夢なんかじゃないと信じたい。

「そんなん今さらだろ。どんな言葉が飛び出そうが引いたりなんてしない自信あるぞ」

 そんなに言うのなら、受け止めて貰おうではないか。
翌日から、僕の涙ぐましい努力と書いてもう一度告白する日と読む一幕は始まった。

「次郎、毎朝アンタの為だけに味噌汁を作ってやんよ」
顔を真っ赤にさせて、震える足に叱咤して。絶叫に近い声色でおれは思いの丈を彼にぶつける。
すると次郎は、嫌味ったらしく眉尻をクイッと上げて、ゲームに熱い視線を注いだままに返事をするのだ。
「お前の料理は袋入れて炒めるだけじゃん。愛情の籠もってない料理なんて、残念だけどノーサンキューなのよね」
「受け止めると言って見せたのはどこのどいつだ!」
しかしながらこの会話自体は学生時代に戻ったみたいで嫌いじゃない。
欲しい反応ではなかった点にため息を吐きたくなりそうになって、その目が少しだけ嬉しそうに潤んでいる事を見逃さなかった。
料理頑張るよ、そう付け加えておくが次郎はもう言葉を返してくれる事はない。
その横顔を眺めながら、次の告白の手口を悶々と思案していく。
「因みに同じ手は二度と使わないのが、僕のポリシー」
「誰に対して言ってんだ?」
さぁ次の手はどうくるか。言外にそんな期待が込められている気がしなくもない。
 「さっきまでの勢いはどうした」
言ってくれなきゃ、俺ずっとこのままだぞ。
どうして、今に限って急かすのか。
どうせなら文系らしく、少し捻って伝えてみようか。
窓辺に立って、空に輝くそれを指差す。
「……月が、綺麗ですね」
中二病も罹患していたのだから、きっとその意味は話さなくたって分かる筈。
そう願いを込めたつもりだった。
言い終わるが早いか、それに対して返ってきたのは彼の肩口だった。
自分より幾分か低い背の次郎は、ふんわりと優しく抱き締めて、胸元で囁いた。

「私死んでもいいわ」
つまりはアイラブユーって事なんだよね。

理人以上になかなか素直じゃない次郎も、流石に観念したらしい。
目線を下げれば、照れたような笑い顔と目が合う。
「いいなこれ、青春みたいで」
恥ずかしいけど、あの頃出来なかった事が出来てるようで少し楽しい。
すっかり黒くなった髪の彼が、かつて染めていた色のように頬を紅潮させてみせる。
何回告白してもこの表情が見られるなら、自分も何回でも告げてみたいと思った。
季節が何度巡ろうと。

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