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アラマホシーズンズ

 それからの事は、あまり積極的に思い出したくはない。
インフルエンザのせいでろくに対面出来ないだけでなく、ゲーム上でもどこか上の空の反応が続いている中での事だ。
受験を理由に切り出されたのは、突然の引退宣言だった。その頃にはもう自負している程度には親友のつもりだったから、何の相談もなかった事が非常に傷ついた。
どうやらそれは、ギルドのメンバーにも大きな衝撃となったようだ。

「ギルマス、ずっと前から掲示板とかで有名だったせいか今回の引退も話題になっちゃってるねぇ〜」
「カンストしてるのにギルド入ってないだの交流しないだの言われてたけど、流石にいなくなると寂しいんだな皆」
「マスターは、我等の恩人……」
まさか自分が知らない間にそこまでマホンの存在が大きく知られているとは。
これはここだけの秘密にしようと固く誓ってマホンを待てば、ログインするや否や高レアリティの装備を破格の値段で露店していた。

 急な引退理由に、思い当たる節がない訳でもない。きっと自分がうっかりリアルの話をしすぎてボロを出した−リヒターの正体にたどり着いてしまったのだ、彼は。
「僕が余計な事言ったからか」
その科白に反応が遅れたのが何よりの証拠だ。小馬鹿にしたアクションをマホンがとるのが悔しくて地団駄を踏ませた。

「今が一番幸せだからかな」
儚げな表情を浮かべてマホンはコメントを終える。
まるでこれ以上はいらないとでも言うかのように。これからもっと幸せになる可能性だってある筈なのに。
それを素直に伝えてみるも、リヒターの事は必要ないようで、望まないとはっきりきっぱり宣言されてしまった。

 その後ギルドメンバーの鶴の一声で決まったオフ会は、言うなれば全ての終着駅、最後の決戦場だった。何かを察していたフレンドにも、頑張って来いとエールを送られて気分が高ぶる。
本当に、彼には面と向かって言いたい事と言わなければならない事が100個以上はある。次の祝日の14時半。指定した場所は、学区の比較的近く。
もう正体が分かっているのなら、ゲーム上なんて回りくどいやり方でなくて端末を使えばいい。
理解はしていても、決定打がないなら危ない橋は渡らない。
そうして迎えた当日。荒瀬に待ち受けていたのは、最後の裏切りだった。

「リヒターさん……ですか? どうも!マホンこと本間で〜す」
彼より少し背が高く齢を重ねた、それでいてどこか顔に面影のある青年。
確かにこの人物も、“あのゲームのプレイヤーである本間さん”には違いない。
「……リヒターっす。なんかイメージと違いますね」
睨みつけながら吐き捨てるようにそう言えば、草食系が服を着て歩いているような“本間さん”はギクりと背筋を伸ばす。
「理由−話して頂けますね?」
観念したように何度も頷く本間さんは、弟に懇願された事をあっさりと白状した。
どうしても会いたくない。どんな顔したらいいか分からないと苦しんでいたらしい。

「アイツもさ、ちょっと思春期の気の迷いっていうかちょっと困惑してるだけなんだよ」
構ってやってくれてありがとうな。そんな晴れやかな表情で目の前の大人は笑うが、それはどう見ても最後通牒をつきつけている証で。
「アンタに言われなくたって分かってます……これ、今日のお礼です。必ず渡して下さいね?次郎君に」
もう一度強く睨みつければ、飄々とした顔と目が合う。どうやら先ほどまでのは巧妙な演技だったらしい。
とにかく今は一刻も早く帰って、本物のマホンに会わなければ。
急いでログインをしたはいいが、時既に遅し。解散したギルドと、空欄になったフレンドの一番上。マホンはこの世界のどこにも、もういなくなってしまった。

 そこまで話して、荒瀬は一度目を閉じる。本間の表情を確認するのが怖かった。
だってこれではまるで自分が被害者ですとでも言わんばかりだ。否、全く以てその通りなのだから何ら問題はないのだが、加害者にそれをつきつけるのは、生きた心地がしない。
「……あの時は本当に、すまなかった。なんて、簡単な言葉で言ったって許されないよな」
震える声で、一字ずつ次郎は謝罪の句を述べる。それこそ、もう一度終わりがきてしまうかのような暗さで。
違う。そんな事を言わせたいんじゃない。そんな顔をさせたいんじゃない。
慌てて目を開けて、荒瀬は取り繕う。
「−初恋は実らない。実らなかった。だから、今度の恋は絶対に逃したりしない」
「今度のって」
「だからずっとあの場所で、アンタを待っていたんだ、僕は」
ようやくそれを打ち明ける事が出来た。口に出せばもう止まらない。本間の目は、いつかの日に見た輝きのように目映く光って見えた。
「誓うよ。俺も、もうお前を諦めない。……もう諦めないように、見張っててくれるか?」
おずおずと見上げるその表情は、ずっと前から欲しかった自分だけの物で。
「いいけど。あの時先生にも宣言しちゃったしな」
素直になりきれずそう言えば、あの時って?とすっとぼけた返事がきた。
無理しすぎないように、隠させないように。そこまでは言わなくても、きっと伝わるから。

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