[携帯モード] [URL送信]

アラマホシーズンズ

 主役を任されたのならば、最後まで演じきるしかない。芝居は人生でも殆ど経験のないものだったからこそ、荒瀬は自分なりに文化祭を楽しむ事にした。
幸い、二面性のある性格だ。幸福の王子と普通の男子高校。どちらも感情移入がしやすく入り込むのは簡単だった。
ただ、あのゲームにログイン出来る時間が減っていってしまう事だけが気がかりだった。マホンに呆れられでもしたら、きっとあのギルドメンバーだって黙ってない。ソロプレイヤーに逆戻りだけはしたくない。
しかし、荒瀬の思いとは裏腹にマホンも忙しいようで、なかなかオンラインのタイミングは合わずにいた。
そんなストレスのはけ口はやっぱり本間次郎で。

 「……ま、孫にも衣装って言うし、悪くないと思う」
発音を完全に間違えたまま、見とれていますと言わんばかりの表情で彼は口を開いた。
今日は衣装合わせの日。裏方にも意見を求めようという事だった。
こういう時くらい素直に誉めたっていいのにねとクラスメイトはやじを飛ばしたが、荒瀬は荒瀬でそれどころではなかった。
うっすらと上気した頬、とろりと下がった眉。そんなだらしのない顔をされてしまえば、照れない方がどうかしている。
吐息混じりに紡がれたその声も、なんだか色気を含んでいる気がする。
(そう言えば、初めて彼を認識した時も声が引っかかったんだよな)
もしかしなくとも、自分は声フェチというもので、本間の声が完全にストライクなのだ。だからこそ、何気ない一言の筈が余計に心に響いた。

 本番が近づくにつれて、否が応でも本間と荒瀬の接点は増えていく。
練習も一段落してふと教室を見回せば、あの厄介な程目立つ赤色はどこへやら。
トキタに尋ねれば、購買に行ったのではないかとの回答が貰えた。
彼も中間管理職のようにあちらこちらから引っ張りだこにされている事だ、少しくらいは労いの言葉でもかけてやろう。
珍しくそんな事を考えながら購買へ向かう途中、行程にその人物はいた。
しかも、黄色いスプレーを自らの頭へと吹きかけるという、奇妙な出で立ちで。

「ぎゃっ……」
手元が狂ってしまったのだろう。小さな悲鳴を挙げて慌てて水場まで駆け出す。
ファストフードよろしく頭を彩る赤と黄色の歪なハーモニーは、ただの水では簡単には落ちてくれないようで。
まるでこの世の終わりかのような長いため息を吐くものだから。
「俺に何か用か−ッおわ!?」
自分のトレードマークであるニット帽を、仕方なく目隠しに貸してやる事にしたのである。

 「だからさ、しよう。実行委員同士だけでも、連絡先の交換」
ウララにせっつかれたと理由をつけて武装しなければ絶対に出てこないであろう言葉。本当はそんな事言われてなどない。だが、折角普通に会話が出来そうな今しか、この切り札は使えない。
そうしてようやくこぎ着けたその時、本間は荒瀬の端末−否、それに付属したストラップ−を見て呼吸を止めた。

「それっ精霊姫のキーホルダーじゃないか!?」
いつになく目を輝かせて本間は荒瀬の顔を見上げた。まさか、今更気がついたと言うのか。動揺を悟られないように平静を装いながら返事をすれば、もっと早く知りたかったと感動を素直に伝えてくれるではないか。
(僕にも、彼をこんな喜ばせる事が出来るんだ……)

 一気に距離が縮まった二人に、クラスメイトの祝福ぶりは凄まじいものだった。
でもこれであのゲームをプレイしてみようという生徒が増えるとそれはそれで癪に触ると考えた荒瀬は、黙秘権を行使する事にした。
久々にオンラインで遭遇したマホンは、余程疲れているのか動きにもキレがない。いぶかしみながらチャットログを見守っていると、意外な提案が飛び出した。

「そろそろ俺もさ サブキャラでも作ろうかなって思ったんだが」
マホンとの話題に挙がった事はなかったが、カンストユーザー故に冤罪や恨みを買う事も多い。新しくやり直してみのも良いだろうと、二人で話し合って出来上がった愛らしい少女。名付け親は自分だ。
いつもマホンの事をどう思っているか。そんな思いをひっそりと込めて。

 そうして迎えた文化祭当日。突然の日程変更も機転を利かせて乗り越える。
拍手喝采の中舞台を降りて一段落落ち着いていると、クラスメイトから賞賛の声がかけられる。適当に返事をしながらも視線で探すはただ一人。
ウララと目が合う。察しが良い彼女は静かに頭を振った。
「本間さん、一人で台車使って運んでくれて……」
「一人で!?」
口をついてでた大きな声に、賑わっていた他の生徒もこちらを注目する。
(教室から講堂までそんなに距離はない。荷物を降ろして戻って来るにしても時間がかかり過ぎじゃないか?)
嫌な胸騒ぎがする。声をかけてくる余韻に浸りたいキャスト達を振り切って、教室の方へと駆けだした。

「本間!」
教室のドアを開ければ、台車の横にうずくまる姿。顔を伏せた赤色は、さながら鶏冠のようだ。
「そんな所で何し−」
肩に軽く手が当たった。たったそれだけの事なのに、彼の体はよろけて床にひたりと倒れ込んだ。その口からは、呼吸すら聞こえない。
「ッ本間!」
体調が悪かったのか。一体いつから?
見抜けなかった自分にも、隠しきってしまった彼にも、腹が立つ。

[*前へ][次へ#]

5/10ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!