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アラマホシーズンズ

 時間は飛んで、MMO終了後。次郎とはメールで意思の疎通は図れても、実際に顔をつき合わせた訳ではない。人は見た目が100パーセントの生き物だ。それなら、数年ぶりだけど会おうかという話になった。
待ち合わせ場所は、池袋サンシャインシティ。我ながら意地の悪い提案かなとも思わなくないが、それでも因縁の場所だしなと了承したのは本間の方だった。
平日夜一九時にもなると、表の通りは若者達で賑わう。まるで全盛期のあのゲームのようだと感動すら覚えながら、荒瀬は目的の人物を探して奥へと進んでいく。
エスカレーターの下だと思ってカフェの前で見回していると、上から自らを呼ぶ声が響いた。
思わず飛び出た独り言が、そっと震えていた。
「……ホンマ、アホ」

証明を背中に浴びながら降りてくるその姿。髪はすっかり地毛の黒髪になってこそいるが変わらないあどけない人なつこい顔。
自分をまっすぐに見つめて、駆け足で階段を降りる。そんなに慌てて落ちるんじゃないかと少し警戒していたが、流石にそこは成人男性。余裕で着地してみせた。
「相変わらずお前髪の毛水色なんだな!」
「トレードマークだし。アンタの為に昨日染めといたんだっての」
「そっか……と、とりあえずどこか移動しようか」
走ってきたせいか顔が暑いと手を振って首もとへ風を送りながら彼は言う。
その右手を奪うように握って、

「ちょっとアホ瀬!人が見てる」
「今時おかしくなんかないっしょ。いいから行くぞ」
「行くってどこに!?」
口では言いながらもふりほどかないあたりが本間も人が悪い。
目的地を告げる代わりに、訊いておきたかった事を尋ねてしまおうか。
「本間、って、兄弟もういない? 実は弟が来てますとか、ない?」
「そっちこそ。詳しく事情聞いた兄弟とかじゃないだろうな?」
「正真正銘リヒターだよ。アンタの旦那の」
そもそも、自分は一人っ子なのだから、次郎のしでかしのような荒技は出来ない。
「俺だって! ちゃんとリープリヒだしマホンだよ。……お前の嫁の」
包み隠さず、一言一句絞るように。恥ずかしげもなく口にするものだから、ついつい笑ってしまう。
無理して素直になろうとしてるのであろうその態度がいつになくいじらしくて、こういう所も好きだと思える。

 (そういえば、いつから僕は彼を好きになったんだろうか)
そして彼は、いつから自分の事を……。
目的地に着いたら話してみようか。そんな事を考えながらふと顔を上げると、もう既にその看板は見えていた。

「ピピンズホーム……ネカフェ?」
「そう。僕が四年前のあの日、アンタと行きたかった場所」
「あー思い出した。確かここからログインすると限定アイテムが貰えるんだったな」

でもその肝心なゲームは亡き物となってしまった。なら何故? 至極当然の疑問を
抱いて、次郎は理人の顔を見上げる。
理由などない。ただあの時果たしたかった夢をなぞるだけ。だから今日は、普通の予約はしていない。

「今日押さえてあるのはオンライン部屋じゃない。ボードゲーム専門だ」
「もっと謎なんだけど!? お前ってそういうのも得意なん?」
次郎の言葉を遮って入り口のドアを開ける。緊張しているせいか取手の金属の冷たさをほとんど感じなかった。

「恐らくアンタの方が得意だろうけど。……僕が勝ったら、何でも質問に答えて貰う」
「ははっ、何それ」
そんな回りくどい事しなくたって、何だって教えてやるのに。
その返答の声色の、なんと甘い事か。これが相思相愛の力かとくだらない考えを走らせながら、荒瀬は冷や汗をかいた。
(昨日必死に色んなゲームの攻略本漁ったのは無意味だったか……)

 それなら話をしながら普通にゲームを楽しもうか、と和やかな雰囲気で部屋につくと、次郎はすっかり黒くなってしまった短髪をかいてソファに腰掛ける。
「なんかこうやって出かけるのも久々だから、ちょっとワクワクするな」
「仕事、忙しい?」
「ってより、深く付き合わないようにしてた」
スクールカーストの中心とまではいかずとも、交友関係の広そうな次郎の事だ。きっと高校を卒業してからも華々しく生活しているものだとばかり思っていたが。
それはもしや、少なからずあの時の事が影響しているのではないか。
そう言いたげな目で見てしまった。そのせいか、次郎は子供をあやすかのように困った表情になった。
「元はと言えば自分のまいた種だよ。−さて、何のゲームからやろうか?」
しまった。はぐらかされてしまった。アナログゲームの詰まれた棚を眺める次郎に、理人はタイミングの悪さを呪った。

 「ところでさ、荒瀬っていつから俺がマホンって気づいてたん?」
特に何をやるか決まらないまま、UNOを手にして早数分。いつぞやのように気まずい沈黙を打ち破ったのは、そんな彼の一言だった。
「いつだったかな……あれは確か」
この流れはかなりいい流れだ。思い出す事で、もしかしたら彼がいつ好意を抱いてくれたかも知る事が出来るかも知れない。
このチャンスを無駄にしない為に、荒瀬は必死で思い出す。リヒターとマホンが出会った、あの日の始まりから。

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あきゅろす。
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