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アラマホシーズンズ

 そこでの会話は、さほど重要ではなく理人自身もあまり覚えてはいない。
が、その真っ赤な人ー本間次郎の性格を思えば、当時から例のゲームを布教せんと食いついてきていたのかも知れない。
学年にはそれなりに人数がおり、それ以降しばらくの間は直接的な接触は一切なかった。
しかし、その短く小さな邂逅こそが、全ての始まりだった。

 高校二年生の春になると、それまで一年間毎日顔を合わせていた友人たちが皆教室からいなくなっていた。
将来を見据えて別の学科に移籍したり、クラス替えにより離ればなれになったりと軒並み顔ぶれが変わり、部活動や委員会に碌に参加していない理人は突然の孤独を突きつけられる事となったのだ。
しかし、そんな状況下においても“別にいいか”とさほどショックを受けていない
自分がいる。そうして、思い浮かぶのはかつて恋人であった親友が言っていた、他人事じゃないという言葉だ。
それは、いつまでも喉に引っかかる魚の小骨のように、自分自身で自覚をしている癖の一つである、“別に”の一言を指している、それは理解していた。
つまり、知らず知らずのうちに己が一番嫌っている諦めの感情を言い当てられていたのではないだろうか、と。

 自分の気持ちに素直になってみると思う事がある。まず、せっかく出来た初めての恋人なのだから、悪い人達とは仲良くなって欲しくなかった。それに、自分の生活や性格を強制されるのは嬉しくなかった。
そしてそれは“別に”と蓋をせずにぶつけてみても良かったのかも知れないとさえ思い始めていた。
しかし打ち明ける事がなかったのだから、この話はこれでおしまい。荒瀬理人の「別に問題」は、そのまま開封される事はないのだった。あの再会が、あるまでは。

 始業式の朝、手持ちぶさたで歩いていた目の前。クラス替えを発表する掲示板を眺める姿は、あの高校デビューと言わんばかりの赤髪だった。

「もしやそこに見えるは、いつぞやの……?」
「そういうアンタは今日も真っ赤だな。サルの尻みたいに」
今度は向こうから話しかけてきたと思えば、うっかり口をついて出てきてしまうのは辛辣な言葉。
ああこういう悪癖が抜けない内はやっぱり会話なんてするもんじゃない。
目の前の彼も呆れてどこかへ行ってしまうだろうと思った刹那、その赤髪は堪えきれずと言った様子で笑い出したのだ。
「サルのケツって! そんな事言われたの初めてだわ! 新鮮すぎるだろ」
「罵倒されて喜んでる……この人マゾか」
「ママママゾちゃうわ! お前センスあんね 俺、本間次郎」
お前の名前は? そう聞かれて、この本間という人物はまさか自分と仲良くなりたいとでも言うのだろうかと戦慄した。
「僕は荒瀬、荒瀬理人だ。新鮮な言葉で罵ってくれた人だ。ちゃんと覚えておけよ」
結局この性格が直らない限りはうまくいきそうにもないが、それでも彼は、ちゃんと受け入れてくれるのではないか。
根拠のない自信が、本間の笑顔から伝わってくるようだった。

 そんな、荒瀬理人史上類を見ない出会いは、半年過ぎた九月になっても頭に残っていた。それはきっと向こうも同じの筈。そう信じて疑わなかった思いが裏切られたのは、鳩が豆鉄砲を食らったような本間の表情だった。
帰宅部同士で押しつけられた野球部部室の清掃。いざ始めようという時に、何も言わないままも寂しいと荒瀬は声をかけた。
「ひ、久しぶりだな」
なんとか余計な一言を飲み込んでそっと吐き出したそれは、壁にぶつかって床に落ちる。
「本当にすまん……どこかで会った事あったか?」
こんなイケメンでしかも浅葱色ヘアなんて忘れる訳ないんだけど。そう付け加えられた言葉が余計に悲しく響いた。

(そっか、僕にとって貴重なひとときだったとしても、それは相手にとってはそうじゃないって事もあるんだ)
人との関わりがあまりにもなかった故に、通過儀礼として味わった事のない事象だった。
それ以上、会話は無駄だとでも表すかのように、本間は背を向けて掃除をし始める。
その姿が無性に悲しくなって、荒瀬自身も口を閉ざす。
そうすると響くのは雑巾が棚を擦る音と箒で角を撫でる音だけ。ぎこちない沈黙のまま時間は過ぎていく。

 軽い会釈をして別れた後、教室で一人うずくまる。覚えていなかった事は仕方がない。だが、それはそれとして後から腹が立ってきた。
あの二度もあった邂逅も、どうせ彼にとってはどうでもいい日常の一コマにしか映らなかったのだ。
春に名乗った時も、もしかしたら他の人と間違われていたのかも知れないと疑惑さえふって沸いた。
でも、だからこそ。それなら、何度だってぶつかって差し上げようではないか。
諦めずに話しかければ、いつかは彼だってちゃんと荒瀬理人を記憶してくれるかも知れない。
初めて自分の中に沸いた意欲。それはあの恋人には抱かなかった感情だった。
別にどこにでもいるような平凡な彼に、どうしてそこまで執着が沸いたのか。その秘密はきっと、今はまだ気づかないでいる。

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