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アラマホシーズンズ

 生きた心地がしないのは、自分で勝手に考えて諦めたしっぺ返し。
未来を放棄した事へのずっと続く杭のような、そんな重い十字架が次郎の背中にかけられた。
夕食を食べた記憶もないまま、ぼんやりと床について、無気力に起きあがって、学校へと向かう。
足取りはどんなに遠くても勝手に体が動くのは、嫌でも彼の顔を見たかったからだろうか。
(あんなに昨日は、会いたくないと思っていたのに)
校門の前まできた時、次郎は見知った後ろ姿と自転車を見かけて、それからふとある違和感を覚えた。
それまで毎日と言っていいほど被り続けてきていた、ニット帽が影も形もなくなっている。
ーそれでも他の誰より一番早く存在に気がつける自分にも、少し驚きはしたが。

 弁明をしなければいけない、覆水盆に返らずだが、せめてあのシリアルコードは彼の手に返るべき宝物であり、自分なんかが持っていてはいけないのだと次郎は切に感じていたからだ。
しかし、ここにきて普段いかに彼の方から声をかけてきてくれていたかを突きつけられる事となった。
一日の中で、一度も会話をするタイミングが、ない。寧ろ避けられていると言っても良い程に、同じ教室内にいようともその気配を器用に隠してまわっていた。当然だ。

「荒瀬、昨日は本当に申し訳ない。俺、これを返したいと思ってー」
「アンタに!!僕の気持ちが分かるってのか!!」
腕を強引に振り払って、今までにない程の怒号が廊下に鳴り響く。
ナイフを越えて、もはやドリルで胃に穴を開けられるような感覚がした。

「持ってろ」
肩を突き飛ばすようにして、荒瀬は次郎をまっすぐに睨みつける。

「でも、俺なんかが」
「ーそれで、二度と僕に話しかけるな、この裏切り者」
それ以上は何も話す事がないと言った様子で、ふっと目線が逸れる。
「あ、荒瀬……ッ」
飛び立つ鳥のように颯爽と踵を返すその後ろ姿に、一瞬伸ばしかけた手を堪える。
今の自分に、彼を引き留める権利はない。それだけの事をした、自覚があった。
廊下に一人取り残された次郎に待っていたのは、怒鳴られた被害者へと向けられる憐憫と、好奇心の視線と、“王子”の逆鱗に触れた事への恐怖。
そのどれもが、今はただ鬱陶しい。

「ー本間君、大丈夫?何かあったの?」
「私たちで良かったら話聞くよ!荒瀬君と仲直りした方がいいよ」
あくまでも純粋に心配してくれているであろう、クラスメイトのウララとトキタも、本当に申し訳ないが放っておいてくれないものかと次郎は頭を振るしか出来なかった。

 それからと言うもの、本間次郎と荒瀬理人が面と向かって会話をする事は、二度となかった。
卒業式の後の打ち上げも、同窓会にも次郎は一度も顔を出す事はなかったのだ。
例え参加していたとしても、彼がまともに返答をしてくれるとは思えなかったが。

 これが、次郎と荒瀬の全てで、これだけで終わった恋の筈だった。
ー次郎が、再び彼にメールを送る、その日までは。

“届いてる?”
たった五文字だけの、ぱっと見ただけでは迷惑メールとしか思えないような内容でも返信はすぐに携帯電話の通知を点滅させる。

“アンタの気持ちも届いてるよ”
“変な最後で申し訳ない”
“謝るの禁止で。ねぇ知ってる?”
やり取りが不意に止まる。次郎は、どうしてか彼からもう一通メールが届くような気がしていた。
そして、その予感は違わず確かにやってきた。

“恋愛も、冒険するって言うもんなんだよな”
“何だそりゃ 聞いた事ないぞ”
“女性向けの雑誌にそんなキャッチコピーがあった”
そういえば彼は実家の本屋を継いだと言って事を思い出す。
あまり外へは出なくとも情報は集まりやすいのだろう。
ところで、この言葉は一体次郎にどんな反応を求めて送っているのだろうか。
これでは、まるで馬鹿みたいに期待して勘違いをさせられそうだ。
返信に困っていれば、追撃するようにさらにメールが届く。
慌ててそれを開けば、いよいよ衝撃的な一言がたった一文。

“お願い、あなたに助けて欲しいのです。
僕と冒険、してみませんか”
真顔で敬語を入力しているであろう姿を思い浮かべて、次郎は年甲斐もなく笑ってしまった。今更過去にした事が水に流れる訳はない。しかし濁流の中でも、彼が一緒に溺れてくれるというのなら、もう何も怖いものはないと不思議と思えそうだった。

“生憎一人じゃ幸せになれそうな性格なもんで。 手伝って貰ってもいいっすかね?”
それは、リヒターが初めて自分に手を伸ばしてきた時のオマージュだった。
俺が二度と諦めないように、といくつかの改行の下に追記しておけば、当然、とたった二文字だけが返ってくる。
気づけば時刻は深夜の二時を廻っており、明日が仕事でなければ、彼の職場に今すぐ走り出していたのに、と次郎は今度こそ長い長いため息を吐いた。
すると、今日はこれで終わりとでも言うように最後のメールが届く。
惰性で開いてから、次郎は思わず端末を手から取りこぼした。

“それじゃあ改めて。 愛してたし愛してるよ、本間。
あ、これ別にホンマとかけてるギャグとかじゃないからな”

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