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アラマホシーズンズ

 開口一番に彼が言った一言は、断固反対だった。
遅れてログインしてきたかと思えば、お葬式のようなムードに包まれたギルド内にいつもの軽薄な態度はなりを潜めて、“何かあった?”とだけ尋ねてきたのだ。
そしてマホンが言うより早く、他のメンバーが事情をまくしたて一緒に止めようと言い始めた。
だからこそ、引退を止めるという事に対して反対ーつまりマホンに賛成してくれているのだとばかり思った。
しかし、そんな淡い期待は一瞬で砕かれる。

「この世界のどこに、旦那に内緒で先立つ不幸をお許しくださいする嫁がいるんだよ!」
「ここ お前の目の前 っていうか明るい理由なんだし華々しく卒業するって言ってくれないかね」
「ないわーそれはナイよマホンちゃん!だって引退っしょ?受験終わっても帰ってこないんっしょ?だって引退してあっさり帰ってくるプロレスラーみたいな事しないんだよな?」
「ここでいくらフラグ立てようと引退は卒業であり休止じゃないからな」

リヒターの眼前に手の平をビシリと突き立てマホンは宣言する。
そんな憤慨して見せたって、これに気づかせたのは他でもないリヒター自身だ。恨むなら自分を恨んでくれよと次郎は自分勝手な事を考える。

「僕が余計な事言ったからか」
「何が?」
「ううん、何でもない」
やけにしおらしく狼狽えたリヒターは初めて見る光景で、それがどこか滑稽で。
思わずマホンの表情も笑わせてみせれば、余計にリヒターは地団駄を踏んだ。
するとギルドメンバーも今のは酷いと窘めながらも、マホンへと向き直った。

「私も気になる!ねぇ受験終わるまでの休止じゃなんでダメなの?」
「うーん理由は挙げるといくつかあるんだけどな 一番はそうだな 今が一番幸せだからかな」
「思ったよりポエミーな事言われてワタシどんな顔すればいいか分からないの……」
メンバーの一人はドン引きのポージングをとらせて一歩後ずさる。
本音を言えばもちろんこれは一番ではない。しかし、理由の一つである事は確かだ。

「じゃあこれからももっと幸せになれば辞めないのか」
「今日はヤケに食いつくなリヒっちよ」
「僕が言うのもアレだけど、茶化すのもはぐらかすのもナシにしようや」
ギルドメンバーの誰よりも、リヒターが一番嫌がってくれる事が何よりも嬉しかった。
だからと言って、一度決めた事を覆すつもりは毛頭ないのだが。

「これ以上は望まない」
「ふーん…諦めるんだな」
「諦めるんじゃない。 ポジティブに考えようぜ。 お前そういうの得意だろ」
「得意じゃない!あーもうちょっと待って!考えさせて!」
いくらリヒターが考えようとも、最終的な決定権はプレイヤーであるマホンにある。
しかしそれにもお構いなしに彼は頭をひねっているアクションをとった。

 そうしてマホンは露店を、リヒターは考え事と称してひたすら採集を行うという、結婚して初めての別居状態のような日が暮れた。
メンバーももうマスターをそっと送り出してあげた方が良いという風潮で団結し始めているし、リヒターも半ば諦めた様子で最後はほとんど会話をしなかった。
ここまで付き合わせておいて申し訳ないとしながらも、最終日を決めたらまた教えるとだけ告げて次郎がログアウトしようとしたその時だ。

「最後にオフ会しませんか?」
そう提案してきたのは、メンバーの一人だった。
次郎とはあまり一対一でやりとりした事は多くはなかったが、それでもギルドを支えてくれた大切な存在。
マスターを引き継いでくれるなら、この人でも良いのかもしれないと次郎が思っていた相手らしく、場を取り持ってくれていた。

「でもみんな職も年齢もバラバラだからー時間帯が合いそうなのって、リーさんとマスターくらいじゃない?」
積極的に引退撤回を説得してくれたメンバーは、言いにくそうにしながらもそれにはあまり好意的ではない様子で、もう一人もそれに賛同するように頷いていた。
それこそ茶番めいたものを感じながら、マホンはリヒターと向かい合って目線を交わらせた。

「別にいいけど」
「僕だってアンタと面と向かって言いたい事100はあるからな。歯ァ食いしばって覚悟しとけよ」
その言い方がまるで荒瀬そのものだったからこそ、次郎は今度こそ画面ごしに笑ってしまった。もはや隠す気などないのか素でやっているのか判別しがたい。
しかし、勢いで返事をしてしまったものの、面と向かってリヒターと荒瀬が同一人物であると確認して、果たして生きて帰る事が出来るのだろうか。
会えば甘えが出てしまうし、そもそも自分の気持ちを抑え込める自信がない。
リヒターが指定してきたのは、次の祝日の14時半に、池袋のサンシャインシティの入り口だった。
通学とは被っていないが、それでも比較的待ち合わせはしやすい場所ではある。
もしかしたら、荒瀬はまだギリギリ“マホン=本間次郎”という事実に確証を持てていないのかも知れない。
そうだとしたらーそれは、チャンスだと次郎は思った。
そして、善は急げとPCを楽しむ兄の元へと足を運ぶのだった。

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