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アラマホシーズンズ

 それから毎日同じような自問自答を繰り返して一週間、ついに、荒瀬理人が復活する日がやってきた。
最初の2,3日は時折一時間程度でログアウトする事があったが、きっと熱がぶり返していたのだろう。そういう時は次郎は息の詰まるような思いをせずに開放的に狩りを楽しんでいた。一抹の寂しさには、今度こそ気がつかないふりをして。

 「ようピコ次郎元気してたかよ」
「人を芸人みたいに呼ぶなってのー具合はもう良いのか」
「アンタ如きに心配される僕じゃないし気持ち悪いんで寄らないで貰っていいですかね」
「お前が!声かけてきたんだろうが!」
心配して損したと声をあげれば、教室内はすっかり“またやってるよ”という白けつつも見守る雰囲気に早変わりだ。
それがどこかむず痒いような気がして。次郎は早々に切り上げて着席する。
ーが、何故か今日の荒瀬はなかなかにしぶといようで、次郎の前がまだ登校してないのをいい事にそこへ腰を降ろし始めたではないか。

「やっぱ一週間程度じゃ忘れないんだな。偉い偉い。トリ頭のクセに」
「誉めてんのかけなしてんのかどっちなんだよ」
「心配してくれたお礼にこの僕が小市民に何かご馳走してやろう」
「お前、俺の事を馬鹿にしないと気が済まないんだな……ん、ご馳走?何かってナンか?」
「おう」
「喜べ荒瀬今日から俺とお前は親友だ」
ナンを無料で食べさせてくれる相手に悪い人はいないというのが次郎の持論だった。もちろん、それがあの荒瀬であろうとも。
あっさりと拳を握り合った浅い友情に、いよいよとウララが笑い声をあげる。
初めて触れる荒瀬の手は、冬の到来のように詰めたく、まるで彼の髪の色のようだ。
話をそらすようにそっと離せば、すぐにでも普通のクラスメイトに戻れるような不思議な感覚がして、それは彼にとってただの仲の良い友達の一人にされてしまう事の証でもある。
それ自体が好ましいという訳ではないが、もう罵倒される事も減っていくのだろうなと次郎は苦笑する。早い話が、荒瀬は自分に飽き始めているーそう次郎は思った。

 放課後。ニット帽にマスク姿の変質者こと荒瀬を連れて、次郎はベストプレイスとも呼ぶべきインドカレーの名店へと案内した。
せっかくタダなのである。普段なら高いからと手が出せない牛スジカレーにするか、それともオーソドックスにチキンにするか。
そんな事を真剣に悩んでいると、ふと自分を見つめる視線に気がついた。言わずもがな、荒瀬だ。
向かいに座った彼は既に選び終わったらしく、片手で水の入ったコップをいじる姿がやけに画になっている。

「すまん、すぐ選ぶ」
「いや、本間はホンマに好きなんだって思っただけだし気にしなさんな。ん、これじゃちょっとパンチが弱いな……」
ぶつぶつと一人呟きながら、荒瀬は店内をぐるりと眺めている。
その隙に店員を呼び出して、なんとか次郎はその場を切り抜ける事に成功した。

「さすがアンタが髪の毛赤くなる程通い詰めてるだけあって旨いな」
「だろ?って俺はカレーの食べ過ぎて髪の毛が染まったんじゃない」
「ナン冷えるぞ」
努めて平静に切り替えされて、慌てて次郎はナンを手にとる。柔らかくもちもちとした触り心地は心を癒し、このどうしようもない状況も包み込んでくれる気がした。

(そもそも俺はなんでこいつとここに来ているのかって、真面目に考えるとおかしな話だ)
租借をしながらふと考えていると、荒瀬と目があって思わず飲み込んでしまう。

「ーそう言えば、アンタ受験するんだっけ」
「まぁそんな難関じゃないけどな。狙うは特待生ただ一つ。そういう荒瀬は自営業だっけ?」
「実家を継ぐかどうかは未定。アンタはさトリ頭なんだし勉強頑張りなよね」
「余計なお世話だっての」
そう返事をしてカレーを飲み込んだはいいものの、スパイスのせいか幾分興奮してきた。
学生の本分は確かに勉学である。しかし今の本間次郎はどうだ。ゲームに重きを置きすぎて、挙げ句の果てに色恋沙汰ときた。
そろそろ潮時なのかもしれない。荒瀬はいいきっかけに気づかせてくれたんだと次郎は思った。

 そうと決まれば善は急げである。急がば回れという言葉もあるがそれには今は目を瞑ってマホンはログインするや否や個人ショップを立ち上げる。

「マスターさん今日は狩りしないんです?」
「宝の持ち腐れ的なアイテム 全部で露店でさばいちゃおうかと」
「ジルコンネックレスが12Mで売ってる……この人正気か?」
「リヒター氏のインフル感染したのかも」
これだけのレアなアイテムを破格で出しているのだから、反応が忙しないのも頷ける。
氾濫する川のようにチャット欄が進んでいく、その中にまだリヒターの姿はない。

「やっぱインフルだったんだ」
たった一言。まるで小石を投じるようにマホンが呟けば、先ほどまでが嘘だったっかのようにしんと静まりかえる。
きっとあの日、彼はギルドメンバーに粗方事情は説明したのだろう。自分には内密に動いていたスタンドプレーに、少し寂しさを感じる。

「気にしなくていいのにw それよりちょっと話があるんだ」
あちらがその気なら、こちらもその気だ。

「マスター、話って?」
「俺そろそろ受験で忙しくなるから 本気で引退しようと思うんだ」
「うっそぉ……冗談ですよね」
「ジョーダンだったらジルコン12Mで売らないって」
その言葉は、このゲームをやっている者ならいやでも納得してしまう決定打だ。
大抵のユーザーは、引退すると決めたら優良アイテムを底値以上で売りさばいて後のユーザーに託していく。
何度だって置いていかれてきたからこそ知っている。次郎もそれに、続いているだけなのだから。

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