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アラマホシーズンズ

 (俺は、リヒターが好きだ。そして荒瀬の事も、好きだ)
一度認めてしまえば、素直になれると言ったのはどこの誰だろうか。
ずっと前から、次郎は面白くなかった。きっと文化祭の実行委員になったせいで、その歯車が余計に加速してしまっていた。
荒瀬が、他の誰かと楽しそうにしているのが見るのはつまらない。
それなら自分に嫌味の一つでも言っていたらいいのに。
体調不良を心配そうに見つめてくる目が眩しくて申し訳ない。
彼にだって彼なりの世界があって付き合いがあるのに自分を優先してくれたから。
しかしそれが何よりの優越感を与えてくれた事も、変えようのない事実だ。
リヒターは、惰性で続けていたゲームに現れた新たな可能性だ。
きっと最初に出会うユーザーが誰であっても打ち解けて楽しくプレイしていた事であろう。
そんなありもしないパラレルワールドを想像しては、今があって良かったと安堵すると同時に、気づきたくなかったとため息が出る。
(明日の朝、学校で会ったら俺はどうしたらいい。ゲームをやる時間帯になって、ログインした時、なんて言ったらいい?挨拶は。いつもどうしていたっけ)
頭を抱えている間にも、刻一刻と時間は過ぎていく。
こんな時は冷静な誰かに知恵を借りよう。そうして次郎が思い当たるのは、悲しいかな目の上のたんこぶである兄だった。

 「ちょっと……良い?」
PCとにらめっこを繰り返す兄に控えめなノックは通じない。
ドアを開けて外の冷気と共に飛び込めば、兄はこちらに背を向けたまま生返事をした。

「つかぬ事をお伺いするんだけど、兄貴って男子校だったよな」
「待って愚弟。それこないだ彼女に押しつけられたゲームで全く同じセリフ聞いたんだけどお兄ちゃん泣きそう」
「ああ、あの人理解あるもんな……」
兄が休日に池袋を連れ回されていた時が懐かしい。そんな事を思い出している場合ではないが次郎は少しだけ和んでしまった。
しかし、それも兄のたった一言で打ち砕かれる事となる。

「やめとけ」
「何が……」
「聞きたくないから勝手に言うけどさ。男子校だろーと共学だろーと一定数居るよ。けどそれって大抵が思春期の気の迷いだから。そういう刹那的なものが萌えるんだとかアイツは言ってたけどーってこれは関係ないから割愛。とにかく俺は、反対だよ」

勿論それは兄として、兄なりの持論だという事は分かっていた。そして浅はかな期待をしていた自分の思考にも次郎は嫌気がさした。
自分だって、恋したくて好きになったんだじゃない。好きにさせた荒瀬が悪い。そう言ってしまいたくなるのを抑えて、小さくお礼をしながら自室へ戻る。
全く眠った気のしないまま朝を迎えて、朝食もそこそこに学校と向かえば、見知ったニット帽はそこにはいなかった。

「王子、インフルエンザだって」
「この受験シーズンに可哀想。でも私たちも気をつけなきゃ!」
トキタとウララの会話が耳に入ってきて、荒瀬の不在を確固たるものにしていく。
結局の所彼のニックネームはクラス内で王子として定着したらしい。
そんな彼は昨日、体調不良の中であんなにゲームをしていたのだ。大人しく寝ていれば良いものを。

(熱があったから冷静な思考が出来なくてあんなチャットしたのかも)
何はともあれ、直接顔を会わせずにすんで良かった。荒瀬には申し訳ないがこれを機にゆっくり休んでいて欲しいものだと次郎は合掌する。

 かくして何とか学校生活をクリアしたはいいものの、ゲームにログインすればギルドメンバーに昨日の事を尋ねられずにはいられないのは明白だ。
そしてリヒター。あの調子なら彼はきっと今日もログインをしてくるに違いない。
全くなんと不良な高校生がいたものだと明後日の方向に考えながら、次郎はいつにもなくゆっくりと帰路を歩き、じっくりと夕食を噛みしめ、しっかりと入浴を楽しんだ。
そうしてたっぷりと時間を使い果たしてからログインすれば、拍子抜けする程ギルド内は通常運行そのもので。
リヒターに耳打ちで“お前インフルはどうした”と聞けば彼の頭にはハテナマークが飛び出した。
別人としらをきるつもりなのか、それとも何故知っているのかという事なのか。
後者であれば、自分が気がついている事実を明かしてしまう事になる。
何でもない。勘違いだとだけ送信すると、マホンは周囲を採集する事で自然とその場を離れる事が出来た。

 しかし、少し経てば軽快なノリでリヒターが絡んできて無碍にも出来ない。
彼は同級生かも知れない相手であろうと今までと何ら変わらずに接してくるのだ。
「リープリヒ、キスしよ」
周囲の視線などもろともせず、カップル専用スキルの発動曲が流れ始めれば目を閉じるしか出来ない。
気持ちを悟られる筈もないのだが念には念を入れて、次郎も剽軽な自分を演じる事にした
「このBGM聞くとワロてしまうんだが」
「無表情のクセになに言ってんだか」
中途半端に考えを止めたせいだろうか。
(やばい……どこで反応してんだ)
わずかな昂りを見せる半身にぎくりと背筋が凍る。感覚がリンクしている訳でもないのに。否自分のキャラクターとは言え女性キャラが官能的な表情をしているせいだと言い聞かせながら、もう何度めかになるキスシーンを次郎は死んだ目で見つめる。

 いくら誤魔化していようと、自分の中に芽生えてしまった気持ちがある以上。
引くには引けない。しかし、進めば地獄。一寸先は闇しかない。
彼が親友だからこそ、絶対に言えない恋心を次郎は爆弾のように大切に抱えていた。
そして、嗚呼こんな思いをすると知っていたなら結婚なんてしなければ良かったと思うのだった。“したくなかった”とは、絶対に思わないのだが。

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