アラマホシーズンズ 1 さて、婚姻関係となったプレイヤー同士には様々なスキルが付与される事は前述の通りである。 例えば、契りの再演ーproposeーのスペルを二人で同時に入力すれば、一定時間お互いのHPを共有し実質無敵状態となる。 その他の結婚用スキルを駆使する事で親愛度が高まりその有効時間も増える仕様となっているが、件の“その他のスキル”を集める為には、愛の試練という専用クエストを乗り越えていかなければはらない。 そんな関係もあってか、リープリヒとリヒターの目下のプレイ目標は愛の試練の完全クリアとなりつつある。 本日のお題は、キスの習得である。言葉尻だけ聞くと語弊を生みそうではあるが、前衛タイプにとっては貴重な回復技の一つだ。 特殊フィールド・ラプンツェルに、ヒロイン役である女性キャラクターを閉じこめ、男性キャラは塔を昇りながらトラップを回避し、モンスターを倒していく。 勿論塔の上では待っているだけではなく、モンスターの注意を引きつけたり、補助スキルを発動したりと協力しあう必要があるのだ。 そしてリヒターはいつも五階層目のトラップに躓いて落下してしまっていた。 「ダメだこりゃ毎回ギロチンの位置が変わってくるから計算のしようがねぇ」 「攻略見ても運としか書いてないしな 一旦別のヤツ挑戦する?」 「マホン」 いや今はリープリヒなのだが、まぁ一対一のプライベートチャットなら良いかと納得もしながら、諫めるように名前を呼ばれて次郎は一瞬手を止めた。 そうだ、彼は諦めないようにって約束してくれたんじゃないか。 一度決めた事は曲げない真摯な態度は、今まで出会った事のない人種だと次郎は思った。そして、そんな性格をとても好意的に見ている。 「毎回2回めのギロチン降ってくる所でHPなくなるんだよなぁ」 「リープリヒのカード専用スキルで時止めあるけど でもそれだとリヒターも動けないから意味ないしな」 「多分に、使い方次第でいけるとは思うんだわ。最初のギロチン避けたタイミングでカードを僕にぶつけたらターゲット指定つくから次の時止め無効にならんかね?」 「ヒールのカードとかか? それなら逆に最初のギロチンをカードで壊して次のヤツに集中して貰った方が効率いい気がするが」 「じゃあそれでいってみよう! リープリヒもちゃんと旦那の事を考えるようになってきたじゃないか、偉い偉い」 「男に誉められても嬉しくないし」 「可愛くねぇな」 言葉こそ不機嫌そうだが、キャラクターの表情は笑顔のままだ。 あまり裏表のないリヒターは、恐らく画面の向こうでも同様の態度でいる事だろう。 それにしても、結婚という制度は完全に無縁だったせいか、次郎にとっては新鮮な事ばかりだった。協力する事は勿論だが、このゲームにこんな遊び方もあったという衝撃の方が大きい。 次郎の出した案は、その後四回の挑戦を経てタイミングを掴んだリヒターによって難関だった五階層目をクリアする運びとなった。 完全に絶好調のリヒターは、それまでの苦労がなんだったのかというように軽快に塔を上り詰めて、ようやく約束のヒロインの許へと到着したのである。 「ありがとう、まさか本当にきてくれるなんて……」 「アナタを愛していますから、当然です」 イベントシーンに突入し、耳が恥ずかしくなるような科白を吐いたかと思えばリープリヒとリヒターのキスシーンが画面に表示される。 胸焼けがすると呟きながらも、次郎は三回スクリーンショットを撮った。 「お疲れ、我が愛しのオヒメサマ」 「よしてくれ」 特殊フィールドを抜ければ、いつも通りの日常へと帰ってくる。 しかし、まだリヒターは余韻が忘れられない様子でリープリヒの周囲を動き回っていた。 「お祝いに豪勢なパーティーでもしようか。そうだ!料理をしよう。ワヨウチュウ、どれがいい?」 茶番な言葉を吹き出しに表示させて、リヒターはこちらをちらちらと見ている。 「たかが一個スキルGETしたくらいで まぁその中なら インド料理かな」 「選択肢にないモノを言うんじゃないよ」 リヒターが頭を抱えて長くため息をついた。かと思えば、いきなり急接近してリープリヒの腕をとった。 「ちなみにワはワイルド、ヨウはようこそ、チュウはチュウするだ」 「いやそっちの方がおかしいだろ!」 やはり想像通り彼の手のひらの上で踊らされていたようだ。 折角習得したばかりのスキルだからこそ、試してみたくて仕方がない。しかし所謂中の人が男同士である手前、なかなか言い出せなかったと見える。 リヒターは笑いながら、コマンドを発動する。もちろん、料理ではなくカップル専用スキルーキスだ。 これは、一人では完成しない技だ。相手が同意するコマンドを選択しなければ、ビンタをして一定の距離離れるらしい、というのは攻略サイトで文字情報だけ知っていた。 次郎は、眉間に皺が寄るのを自覚しながらも目を閉じるコマンドを選択する。 形容しがたい、ロマンチックなBGMがどこからともなく流れ出した。 「してもいいのか?」 「しないって言っても3秒経ったら」 入力した言葉は最後まで表示されなかった。二人の唇が重なっているから、会話は途切れて当たり前なのだ。 ちなみにここでDEEPと入力すればより“オトナ向け”になるらしい。運営の妙なこだわりを次郎は感じた。 [次へ#] [戻る] |