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アラマホシーズンズ

 ストーリーは単純明快。ある日突然届いたメールを開いたら、異世界へと召喚されるというよくあるファンタジーだ。
次郎の記憶が正しければ、メインシナリオは、メールの送信元である精霊の姫を救いだし、英雄となって現実世界と異世界の二つを守るようになる、という流れだった筈。
 メール本文に記された言葉の通り動く事で、ゲーム内に必要な基礎を学べる。
『あなたには強い魔力を感じます。まずは魔術師見習いとして上を目指してください。まだ魔法を拾得する事は出来ないでしょうから―モンスターとは拳で語り合ってくださいね』
思い違いがなければ、このような流れでモンスターが表れ、二度三度と物理攻撃を重ねればたやすく撃退出来る。

 しかし、知らずの数年間のうちに、チュートリアルも大きく変わっていたらしい。
かつては画面に文字だけが表示されていたが、今は精霊姫のホログラムが浮かび上がり、表情豊かに話しかけてくるではないか。

「お願い……あなたに助けてほしいのです」

なんて潤んだ瞳で見つめてくるその姿は、まさしくこの世界のヒロインに相応しい。
唐突に画面に現れる選択肢も意外性があって次郎は笑ってしまった。もはやメールである意味がない。ヒロインがどんな娘なのか想像を働かせてくれないのかと。
 とは言え、実際プレイの難易度は初心者向けにぐっと抑えられた作り異になっていたようだ。
姫はメールに魔法の呪文を残しておいてくれた。そのスペルを綴れば、例えレベル1の熟練度でもたった1つだけはスキルを発動できるらしい。
用意されたモンスターは、姫が子供の頃に遊び相手になってくれたという幽霊という設定だった。
体力4000万の化け物の為、プレイヤーが飽きるほど攻撃しても倒す事は出来ない。その代わり、戦い方を覚えた旨の選択肢を押せば次に進める。

「H,A,M,M,E,R……ハンマーっと」
わざとらしく一文字ずつ意識して入力すれば、モンスターの頭上に小さなハンマーが一つ。さすが、最初の技なだけあって効果は味気ない。
続けて連続発動させれば、ハンマーは面白いくらいに降り注いだ。
幽霊に当てられるとは、一体どんな材質なのだろうか。

 バトルを完了すると、経験値が自動的に限界まで到達し、一つ上へとレベルが上がる。
マイステータスのウィンドウを開いて、獲得した4ポイントを体力や魔力や的中率など細分化された項目ごとに振り分けた。
なれた手つきでチュートリアルの完了ボタン―もとい、メールを閉じるを押せば、画面が勝手に切り替わる。
目を開くようなアニメションを挟んでから、他のユーザーとも交流の出来る“はじまりの街”に足をおろした。

 NPCも背景も、この場所はずっと変わらないまま。
それが耳と目から伝わってくると、次郎はじいんと胸が熱くなる気がした。
もとより嫌いになって引退を決めた訳ではなかったからこそ、今こうして再開したのは、ただ懐かしさから冷やかしにきているだけではないのだと思える。

(俺はずっと、ここに戻ってきたかったんだ)
ただ、そのきっかけが掴めなかっただけで。
否、思えば本当はきっかけなどなくともすぐに、一からやり直せばいいだけの話だったのかも知れない。
そう出来るのにしなかったのは、他でもない次郎自身なのだから。
後悔する権利などないのだが、しかし今だけは懺悔を繰り返す。

 これ以上ここに居ては、もっと色々な事を考えすぎて明日に支障をきたすだろう。
何事も、ある程度のラインで潔く身を引いた方がやはり良いのだ。
あきらめが肝心、それは次郎の座右の銘だった。
―今日、仕事から帰ってきたらすぐにログインすれば良い。
そう自分に言い聞かせて、そっとゲームからログアウトした。

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あきゅろす。
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