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アラマホシーズンズ

 高校に入学するや否や本間次郎が行った事は理想の自分を目指す事だった。
髪を赤く染めた事もその内の一つだが、何より一番にしていたのは周囲の人間にあのゲームの存在を啓蒙する事だった。
自己紹介では自分の名前よりもことゲームの宣伝にあけくれ、使っているペンが珍しいと声をかけられればすかさず興味を持ってくれと食いつく。
その結果下された評価が今日の次郎―ちょっと変わっている普通の奴という印象だ。
痛い奴だと全否定されるよりは幾分かましだが、自らの行いが災いしてゲームも「変なゲームに見える」と避けられてしまったのは反省するべき点である。

 だからこそ、荒瀬はああ言っていたが次郎は正直なところ感謝の念しか沸いていなかった。
自分の好きな物を肯定してくれる。相手が誰であろうと、自分を否定してこようと、それだけで嫌でも見る目が変わってしまう。

「なぁ知ってるか?チュートリアルの精霊姫って最初はCVついてなかったんだ。それが今ではアイドル声優が可愛らしさをプラスしてくれてなぁ……恵まれているよお前は」
「僕がいつ頃始めたかも知らない癖に古参面すんなし」
「でもβテストからはやってないだろう。流石に」
「アンタ、同い年なのに何歳からやってたんだ」
荒瀬が同情するかのように長い長いため息を吐く。暗いとでも言いたげなその目を見ていると、今同じゲームをプレイしているなら同じ穴の狢だろうと無性に腹が立つ。

(が、しかし俺は許すぞ荒瀬。なんたってプレイヤー仲間だからな。あっちで見かけたらポチ沢の盾くらいなら譲ってやろう)
アカウント名を教える気はないし、向こうからも聞きたいとは微塵にも思わないが。

 「精霊姫―の衣装ってさ、すげぇやらしくね」
無言になって教室まで歩いていたと思いきや、不意に荒瀬が何て事のないようにぽつりと呟いた。
口を開いた気配で振り向いた次郎は、そのまま絶句する。

「おっお前世界のヒロイン様になんつー事を……さてはウララさんとかにもそんないかがわしい妄想を―?」
「三次元を混同するアンタの方が変態だろ」
自分から振ってきた話題の癖に荒瀬に厳しく突っ込みを入れられる。
空を切り裂くようなチョップも借りたままのニット帽が吸収してくれる気がした。
(ちなみに俺は精霊姫では勃たない。彼女は巨乳で、俺はつるぺた趣味だからだ)

 教室に戻ってくると、普段目が合うだけで言い争っている二人が静かに入ってくるだけで謹聴が走り、さらに次郎の頭上の帽子に視線が集中する。
脱ぎ去りたい。しかし恥を露呈する訳にはいかない。
どうしたら良いか目を少し上に向けると、荒瀬は皮肉そうな笑みを浮かべていた。
そして何をするかと思いきや、意味深に親指を立たせた状態で胸元を2,3度叩いてから、グ…ッと前に突き出した。

(え、コイツ何やってんの)
全く以て意味が分からない。それはクラスメイト達も同様であったらしい。
一瞬だけ重い沈黙が訪れた後、その雰囲気が柔和にとけたのは、やはり中心人物の笑い声だった。

「あは!り〜君何その動きおっかしいよ!」
「本当。変な勘違いされちゃうよ」
すっかり仲が良くなったトキタとウララが駆け寄ってきて、荒瀬の肩を軽快に叩く。
当然のように離れる距離に、一抹の寂しさを覚えながら自分の席に座ればようやく昼休み終了の予鈴が鳴った。

(妙に長く感じたけど、いつもより良い休み時間だったな……思わぬ収穫もあったし)
暢気に一息吐いたその瞬間。次郎はその息を再び飲み込み直す事になる。
校庭のあのベンチに、作りかけの看板をそのままにしてきてしまっていた。
いたずらに校庭に行くだけ行って、一体自分は後頭部を黄色くしただけではないか。
これは完全に気が抜けていたとか言い訳のしようがない。明日からはもう少し頑張ろうと決意するのだった。

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