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アラマホシーズンズ

 爆笑する荒瀬に怒りの鉄槌を下すと、意外な事にすんなりと止まる。
もうすっかり痛みきっているであろう後頭部を引っ張って、夕方から予約なしで入れる美容室を探さなければと次郎は思案する。

「俺に何か用か―ッおわ!?」
黙ってしまった荒瀬の方に視線を向けようとして、一瞬で次郎の目の前が真っ暗に染まる。
それから少しして鼻腔をくすぐる甘い香りで、それが目の前の人物による物だと気づかされた。
次郎は恐る恐る自らの頭に手をやり―それが荒瀬にとってのアイデンティティとなりつつつある浅葱色のニット帽である事を確認する。

「取りあえずそれ被っとけ。みっともないから」
「一言余計なんだよなぁ……まぁ、さんきゅ」
人の好意は有り難く受け取るべきというのはゲームで一期一会の中から学んでいる。
ニット帽の位置をずらせば、赤髪に全く似合わない浅葱色が何だか面白い。
が、しかしいつまでも暢気にしている場合ではない。用もなしにわざわざ人の所にくるなどあまりない。
荒瀬は突っかかってくる事も多いが、今は文化祭の実行委員という足枷がある。

「……んで、三年次リーダーの本間君はこんな所で毛染めプレイ中と」
「いや違うからな。お前何しにきたんだ本当」
「ウララさんが、アンタに聞きたい事があるらしくて」

(また、ウララさんか)
別に違和感のない会話の筈が、ちくりと胸に禍根を残す。
努めて冷静に相づちを打てば、分かっていないとでも言いたげに荒瀬は携帯電話を取り出した。

 「だからさ、しよう。実行委員同士だけでも、連絡先の交換」
「そんな不本意そうな顔で言われても嬉しくねぇー……」
「仕方ないじゃん。みんながやれって言うんだから」
頬を若干膨らませながらごねる様子は高校生とは思えない幼さをはらんでいる。

(コイツ、欲しい物を親にねだる時に“みんな持ってる”って懇願するんだろうな)
そんな様子を勝手に想像して、そんな荒瀬がまた見られるなら悪くないと思って自分もポケットの中から携帯電話を取り出す。
するとどうだろう。確かに教室に置いてきた数人の友人からメールが届いていたではないか。
同じ委員だからと荒瀬に白羽の矢が立ってしまったのだろうと思うと今更ながら申し訳なくなってきた。

「赤外線ある?QRとかでもいけるが」
お気に入りの真っ赤なスライド式を振りながら尋ねると、無言で赤外線を指さしてくる。背面を合わせるように近づけて、数秒。

“荒瀬理人を受信しました。登録しますか?”
画面に表示される選択肢に迷わずOKを出せば、粛々と事務的に交換が完了する。
これで用件も終わりだなさぁ帰れと荒瀬にそう言おうとして、次郎は唖然とした。

 「それ―精霊姫のキーホルダー、じゃないか?」
荒瀬が折りたたみ式の携帯電話につけているストラップは、次郎にとって見覚えしかないヒロイン様のシルエット。そして裏付けるように記された、ゲームのロゴ。

「そうだけど。アンタもやってるんでしょ。結構クラスで有名だから」
「そうそう誰に勧めてもやってくれなくてさぁ……って待て!!って事はお前も世界救っちゃってる系なのか!?」
「まぁそうなるっちゃそうなる」
「そうかーやってくれる人がいたんだな!言ってみるもんだよ」
荒瀬の背中を叩いて力の限り喜びを表現する。それから、ふと気づいて先ほどのニット帽を一度外す。
今まで頭上を睨んでばかりで全く気がつかなかったが、この帽子に鎮座するピンズはアニメ化した時のガーゴイルを二頭身化したものではないか。

「荒瀬お前……相当やりこんでくれているんだな」
「さっきから何なんだアンタは。笑ったと思いきや今度は泣くのか」
「今までお前の事勘違いしてたからさぁ……情緒も不安定になるって事よ」
「別に同じゲームやってたからって僕がアンタへの態度変えるとかないから」
前言撤回。やっぱお前引退しろ。そうは思っても次郎は言わないでおく。
嬉しかった自分のこの気持ちは本物だったから。

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