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アラマホシーズンズ

 暗幕が足りないから取りに行ってきて。―なんでこの時期に足りなくなるんだ。
針山をどこかに置いてきてしまったから、探してきて。―マジックテープで張り付けておけ。
ペンキが乾くのを待っている間に、水を替えてきてくれ。―雑巾は洗わなくていいのか。
準備が進めば、それだけ実行委員という名のパシリの仕事は増える。
教室の前側ではキャストが練習をし、後ろ側では小道具を制作していく。
ぎゅうぎゅうすし詰めにされた教室内の端から端までを行ったりきたりするのが次郎の仕事だった。
ウララの軽やかな笑い声が周囲に柔らかな空気を作り、一体感が生み出されている。
自分はその手伝いが出来ているだろうかと不安になって、嫌でも練習風景が気になってしまう。
ちなみに、彼女はヒロイン―王子と少年を入れ替わらせるツバメをやるらしく、ひらりと伸びる尾が印象に残る、個性的な姿に様変わりしていた。

(ツバメ……燕尾服と言えば、やっぱリヒターだな)
こんな時はあのゲームの事を思い出すのが一番だ。
いくらメインキャストではなくとも流石に疲れてきていた次郎は、携帯電話を片手に購買へと抜け出す事にした。

 ヘッドフォンをして廊下を歩けば、騒がしい筈の場所も一人だけの世界に変わる。
BGMは、もちろんあのゲームに関連した物にした。
校庭に一つだけのベンチ―普段は競争率が高く全くと言って良い程座れない―に行けば、偶然か人っ子一人気配がなかった。

(リヒターも忙しくなるって言っていたなぁ)
ぼんやりと考えながら頭上に視線を上げれば、色づいた紅葉が目に留まる。
そよ風にひらりと揺れる景色は、時間の流れの速さを実感させられた。
彼と毎日のように狩りに出かけるようになって、早いものでもう一年近くが経とうとしているのだ。
これから、高校を卒業して、社会人になって。
ずっと一緒に日々を過ごす事はきっとない。
今回のようにリアルで優先するべき事があれば、きっと自分も彼もそちらに集中せざるを得なくなる。
何より、彼が飽きない保証もないのだから。

(俺は多分、もうちょっとした事じゃ辞められないくらいにはあの世界が好きだし)
この仲が途絶えるとしたら、打ち切るのは彼の方からである可能性は否めない。
それがどのくらい先になるかも分からない、途方もない話ではあるが、想像するだけで背筋が凍る程度には、なくてはならない存在だった。

 そんな時に流すのは、滅びた財閥をモチーフにした幽霊屋敷のエリア曲だ。
最深部には一人娘がボスとしているこの場所には、つたないピアノの猫踏んじゃったが一定の間隔で流れ続けている。

さて、自分もただ時間を潰しているだけではクラスメイトに顔向けが出来まい。
教室の展示用の看板を買って出た次郎は、スプレータイプのペンキを片手に板に向き直った。
軽く振ろうとして、ヘッドフォンのコードに肘を引っかけて、耳から抜けた事が気になって目線が逸れる。
しまった、と焦った時には既に後頭部に吹きかけられた感触が伝わってきた。
髪の毛から一滴垂れるが早いか、急いで撤収する。
校庭の隅の蛇口で洗い流せば、秋のせいか余計に冷えが伝わっていく。
落ちていますようにと祈りながらも自分の後ろ姿は中々見れまい。

 だから人の反応で判断しようと賭けに出ようとして―震えている人が真横に立っている事に気がついた。
相手も自分のように寒いのだろうかと視線をその人へ向けて、次郎は唖然とした。
「ア、アンタ、その髪……ふっ」
ふっ、の一言に。こみ上げたその笑いにペンキが落ちてなどいない事を切実に語られる。

「オシャレな服もう脱いだのかよ、荒瀬」
「いや今のアンタには何言われてもギャグにしか見えないわ。なんだよその赤に黄色の配色センス。アメコミ?」
よりにもよって、それは荒瀬だったのである。

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