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四月某日。うららかな春の日差しが柔らかく落ちる良き日に高等部の入学式はやってきた。
門扉の前には先日入学式を終えたばかりの初々しい初等部のチャイルド達が花吹雪を散らせている。
将来有望な可愛らしい顔は、横瀬にとって正直写真におさめたい程だ。
「次郎ちゃん、これからも頑張ってね」
「期待しているぞ」
久々に顔を合わせる両親は、瞳を潤ませて息子の背中をおしてくる。
「父ちゃん母ちゃん……ありがとうございます!!あと、その」
「準太ちゃんは今日はお仕事でね、ごめんなさい」
「あ!いえいいんですいないんなら……いないで」
兄がいない事を確認してようやく横瀬はため息をつく。
そもそも、招待できる家族は最大二人までなのだ。
ほっと一息ついて自分の席に座すれば周囲はすでに見知った顔で安堵した。
(ならいつもみたいにしててもいいかな)
式自体が始まってしまえば会場は薄暗くなる。
左側のポケットからイヤホンを取り出して、右耳にだけ装着すると隣の友人に指摘された。
「横瀬、肩耳だけでずっと音楽聴いてると良くないらしいよ」
「まじ?じゃあ今日は我慢しとく」
「っていうか式の時くらいするなよな、いつも何聞いてんだか知らんけど」
適当に流行っている歌手の名前でも言っておこうと口を開くや否やブザーがなって司会が声をあげる。
割れんばかりの拍手と共に、式本番は始まった。
学校長の挨拶もそこそこに、新任教師の紹介へと移る。
先日までくったりと伸びたロングTシャツを着ていた花岡も、仕立てたばかりのようなスーツに身を包んで壇上へ上がった。
(……えっ何このざわめき)
花岡が何を言ってたのかは一瞬だけ聞いていなかったせいで分からなかったが、会場のざわめきのおかげで横瀬も驚かされる。
もてはやすようなその声は、なるほど容姿の整った彼を賞賛しているようだった。
「オカキ先生が、なぁ」
「何それアダ名?面白そう」
「えー俺だけの呼び方だよ」
小声で両隣と話しながら、なんだか遠いなと横瀬は思った。
続いて生徒会執行部役員の紹介に入った。
マイクを手にして挨拶をする会長は、黒い長髪を後ろでにポニーテールにしていて、それが異様に様になっている。
「会長の立科だ。……俺の迷惑になる事はするな。以上」
一瞬の間をおいて、もはや宗教とでも言うべき歓声が沸き上がる。
その後ろに並んだ副会長−井上依は黄緑色の髪をおさげにして小さくお辞儀をする。
その左隣が書記の内原哲也、元クラスメイトとは思えない程しっかりとした態度だが、高校デビューのつもりなのだろうか、髪の毛はすっかり赤みの強いオレンジ色になっている。
そのさらに左隣にいるのが、会計の金谷だった。直に顔を合わせた事がなければ滅多に学園内で遭遇する事のない彼を、横瀬はあまり知らない。
(なんか他人の親衛隊をつまみ食いするとかよくない話は聞くけど……コッチで盗み聴けた試しがないんだよな)
そんな気持ちでいたせいだろうか。
「……今会計様こちら見てなかった?」
横の友人がはしゃいだような声をあげる。
確かに、今、横瀬は金谷と三秒程目があってしまった。
向こうは何でもないように目をそらしたが、蛇に睨まれた蛙のような心境だ。
まるで風紀を乱すお手本のように見た目が二次元のそれである生徒会。
平々凡々な生徒である自分には、盗聴する事でその一端を知る事しかきっと関わる事はないだろう。
そう、横瀬は考えていた。
「ヨコセ、片づけ手伝ってくれない?」
「仕方ないオカキ先生だなぁ」
式が終わってしまえば、両親との顔合わせもそこそこに再び日常へと舞い戻っていく。
しかしこの時の横瀬はまだ、自分が生徒会執行部役員の中のある人物と密接な関係を結ばされる事になるなど、知る由もなかった。
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