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1059459(更新中)

 横瀬次郎の実家は解析を主とする中小企業を経営している。
父親は社長を兼任する敏腕マネージャー。
母親はメインの稼ぎ頭という普通ではあまりない家庭だとは思うが、それでも息子二人の幸せを考えて育てようとしてくれているのは確かである。

 「兄は準太で、何で俺は次郎なんだろうか」
風呂に鼻まで浸かりながら横瀬は一人呟く。
夜の22時を過ぎているからだろうか、それともまだ春休みのまっただ中のせいであろうか。
身にしみる程暖かくだだっ広い浴槽は、余裕で泳げそうな程に孤独だ。

(と言うか実際ちょっとだけ泳いだのは、ここだけの話)
最初は嫌で嫌で仕方がなかったこの学園に、こんな場所があったとは。
実家の桧の浴槽も存外悪くはなかったが、それでもこんな感動は味わえまい。

「父ちゃん母ちゃん、僕はここに来れて本当に良かったです……」
だってイケメンになれるんですよね?
効果には個人差があって必ずしも一回で有効とは断言出来ないのが現状だけど毎日使い続ける事で少しずつ実感がある、と横瀬は信じたい。

(準太兄ぃも、こんな風に入ったりしたのかな)
記憶のどこかでむすっとした表情の兄がだらしなく風呂で泳ぐ姿を想像してみたりして、横瀬は少し笑った。
駄目だ駄目だ。どうしても年の離れた兄の事を考えると悲観的な考え陥ってしまいがちだ。
冷水でも頭から被ってから上がろうかと立ち上がったその時だった。

 真正面のドアを開けて、桶を手にした誰かがゆったりとした足つきで入ってくる。
湯気に散らされあまりはっきりとは見えないが、髪は既にしっとりと洗われている様子だった。

「……邪魔だ」
「え、あ、すみ、すみません」

湯船の手すりを持ったままの横瀬に近づいて、その人物は高圧的に宣った。

「お前みたいな生徒が独り占めなんて偉そうなもんだ」

ザバザバと水しぶきをあげて横瀬は狼狽えるが、その肩を軽く小突くようにして、彼は着水する。
ため息まじりに長い髪をかき上げるその仕草の、なんと美しい事か。

(間違いない、立科生徒会長だ……)
断然トップの人気生徒と、一糸まとわず深夜に風呂で密会。

新聞部が発行する校内新聞にそんな一面が乗るのを想像して、横瀬は絶句した。
意図していないとはいえ、今の状況は誰かに見られては絶対にまずい。

 「というか何なんだあの態度は」
脱衣所でタオル片手に怒りが沸いてきた。
俺様だとか無口であるとか、そういった事情は横瀬には全く関係ないのだ。
まだ乾ききっていない髪もそこそこに、服を乱暴に着替えてそこを後にする。
こんな光景、家族が見たら多少なりともショックを受けるかもしれない。
しかし実際のところはそうそう見つかる事はないのだ。
だから許されるだろう、と横瀬は自分に言い聞かせて自室へと帰るのだった。

 そういえば、まだ高等部の校舎にはあまり仕掛けていないな、と横瀬は考える。
今度から通うのであれば、日常のメインであるそちらに全て移してしまうのもありだと思い、早速自分のデスクに計画所を制作し始める。

(まずは生徒会室前に設置して、それから職員室前−ってこれはオカキ先生に使われるんだったらそんなに必要ないか)

横瀬にとってのこの学園を天国にしてくれるかも知れない唯一の趣味。
そしてもしかしたら自分にとっての持ち味と胸を張れるかも知れなかった行為。
いつも耳にかけているサイドの前髪を下ろしてしまえばイヤホンはすっかり隠れてしまって。

(父ちゃん母ちゃんごめんなさい、これは僕が平穏に暮らす為なんです、どうか見逃して下さい……)
横瀬次郎が学園生活を円満かつ愉快に過ごすために始めた事−それは、各地に“盗聴機”をしかける事だった。
そう、横瀬はすっかり学園に染まり、自分でも気がつかないうちに腐った男子街道を進んでいたのだった。

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あきゅろす。
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