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 同室者の言う通り、もしかしたら自分はただの美形−イケメンボイスとやらが好きな一般人なのかも知れない。

(釈然としないけど、確かに顔の綺麗な人はいい声の人が多いって、言うし……)
たまには普通に音楽でも聴こうかと思ってイヤホンを差しては見たが、結局の所はいつも通りに学園内のどこかにチャンネルを合わせようとしてしまう。
そうして適当に再生ボタンを押した瞬間に、横瀬は、はてと首を傾げる事になる。

(どこかで聴いた事がある曲が流れている……?)
チャンネルを確認すると、生徒会室前だった。
声色は見に覚えがある。この学園にいてこの声に平伏しない生徒はいないだろう。

「生徒会長の立科サマの声……じゃないか?」
イヤホンから音が漏れていないかをしっかりと確認して、自室から中庭までそそくさと抜け出す。
時刻は夜の十九時。まだ生徒会役員は仕事をしなければいけないのかと同情もしたくはなったが、それよりも気になった事が。

「さっきから聞こえてるのって、会長の鼻歌?だよな……」
どうやら遠くの廊下から少しずつ盗聴機側−生徒会室前まで歩いてきている様で、靴音と少し間抜けな鼻歌が大きくなっていくのを横瀬は目を瞑って耳へ運ぶ。

「んーんー、んんん、んー」
声に合わせて、指先でリズムを取ってみれば、なるほどそれはつい先ほどまで見ていたアニメの主題歌ではないか。
通りで聴いた事のあるようなBGMに感じていた訳だと納得させられる。
それにしても、あの御曹司様でも俗世のアニメなど見るのだろうか?
否、きっと曲が渋いテイストだから、物静かな彼の好みに合致したに違いない。
あの会長でも鼻歌を口ずさむ事があるのだなぁと感心していた横瀬だったが、ここで一度何かに気がつきそうになって思考を停止させた。

「毎日のようにパリキュア見ている筈なんだがな」
勿論エンディングテーマだって毎日同室者と歌っている。
それならば何故一発で気がつかなかったのだろうか。
周囲に人がいないかどうかをしっかりと確認してから、横瀬は音量をふとつ飛ばしに上げる。
イヤホンの向こうでは、生徒会長の立科は既に生徒会室の目前までたどり着いている様子だった。

 「いざ行かん我らの母なる海〜」
いつの間にやら、小声でサビまで熱唱している立科。
みの字まで聴いた瞬間、横瀬は確信した。

(いやいや、これもしかしなくてもすげー音痴なんじゃないの?)
音楽家が一族にもいるといわれているあのカリスマの塊が、元のメロディラインを一切無視したテンポと調子で歌っている。

「でも悔しいかな、声は綺麗なんだよなー……それが残念というか、癖になってくるというか……」
ドアが重厚感のある音を軋ませて閉まっていく。
それと同時に会長様の歌タイムは終了してしまったらしく、横瀬も仕方がなくイヤホンを外す事にした。

 (ああ、あれが噂の外部生)
中庭から自分の部屋へと戻るべくベンチから立ち上がると、不意に遠くの廊下を長い後ろ髪が過ぎていくのが見えた。
白いシャツの中にさらに紺色のハイネックを着込んでおり、春ももう終わりに近づいているというのに寒がりな服装を貫いている。

「いいねぇ、サラサラで」
生徒会長もロングヘアーだが、彼はポニーテールにしているせいかそこまで違和感はない。
しかし小さくなっていくその姿は、本人の意図していない程、悪目立ちのしそうなものだと横瀬は感じた。
自分のようにざっくばらんに外向きに広がった髪型と交換してくれれば、もっと隠れられるぞと。

 「……それにしても」
自室の机で一人頭を抱える。
まさかあの会長にこんな弱点があろうとは、一体誰が考えられただろうか?
新聞部に報告すれば一発でもみ消され、最悪自分は仕置きを受ける羽目にはるのではないだろうか。
ここにきて初めて横瀬は、聴かなければ良かったと後悔した。

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あきゅろす。
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