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透明光速
十月03
 午前中の販売を終え、午後は昼休みを兼ねて良太と交代する。
すると意外や意外、保健委員の出番は多く、俺はより一層疲れる羽目になってしまった。
一時的な休憩でぐったりと調理室の机に突っ伏す俺を見て、加瀬は調理室の端に手招いた。
カーテンを潜ると、加瀬は手に小さな小袋を持っていた。
どうやら、明日のクッキーの試作のようだ。

「加瀬、どうかしたのか?」
「頑張ってるお兄さんに、ご褒美をあげようかと思ってさ」

笑いながら手渡されたクッキーには、可愛いらしくデフォオルメされた俺の似顔絵が描いてあった。
裏側にはアッキーへ、と書かれている。

「よく頑張ってるね、アッキー。明日もよろしく」

そう言う加瀬の声は、惚れた腫れたを抜きにしても、凄く優しい物だ。

「や、やめろよ……勘違いするだろ」

忘れたのかよ、俺お前の事が好きなんだぜー。
冗談めいた棒読みで笑ってみせると、加瀬の目はキッとこちらを見つめていた。
加瀬は、真剣な表情そのままに、口を開く。

「してもいいのに、アッキーなら」
「え?」

勘違い。してもいいよ。
加瀬の言葉はどっしりとしていた。
壁に吸い込まれていくその言葉の意味を計りかねていると、そこは時計の針の音だけが響いていた。
チクタクチクタク、心臓の音に似た音だ。

張り裂けそうになる胸を押さえて、絞り出すように声を出す。

「加瀬、それって」

ーそれって、どう言う意味?そう聞こうとしたその瞬間、調理室のドアが無遠慮に開かれた。
ガンッと言う音にびびってカーテンから飛び出すと、そこにはクラスメイトの一人が立っていた。

「おっすータナカ、バンドエードくれそー」
「お、おおどうした、怪我か?」

クラスメイトの用は簡単なものだった。
階段野球部が怪我をしたらしい。どんな部活だソレ。
俺が呆れつつ絆創膏を渡すと、流石タナカ仕事の早さも平凡だな、と関心された。平凡って。

クラスメイトを出口まで案内すると、お大事にな、と声をかけてやる。
そんな俺を見て、加瀬は、自分の事でもないのに嬉しそうに微笑んでいた。

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あきゅろす。
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