02 はじめる

某新歓から数日後。
学内でばったり出くわした周防さんは、こちらを見るなりパッと顔を輝かせた。…ように見える。


「なまえちゃん!」

「わーこんにちは周防先輩。お疲れさまです」

「あ、お疲れさま…。あの、良かった、どうにかして会えないかと思っていたんだ」


わたしにか?どうして。

目を丸くする名前に、周防は「メアド知らないし…」そっとケータイを差し出した。


とりあえずメールアドレスと番号を交換し、そのまま周防に連れられてやってきたのは教育学部棟の講義室のひとつ、畳の和室だった。


「かるたサークルの活動場所だよ」

「……かるた?かるたのサークルがあるんですか」

「まぁ…マイナーだけどね」


「研究会行ったらめんどくさいしここなら融通利くし」と引き続きぼそぼそ喋っている周防の手振りの指示に従い、なまえはそっと中を覗き込んだ。
並んだ札を挟んで向かい合う二人と、どうやら札を読む役らしい人が一人。
…本当にマイナーのようだ。

札が読まれると、バシンバシンと異なるタイミングで二人が札に手を伸ばす。早かったり遅かったりするのは実力の差だろうか。
眺めている周防さんが何故か不満そうな顔をした。


「じゃあ、中へ入ろうか」


三組ともがそれぞれ決着をつけ、休憩に入ったところで周防はドアを開けた。
サークルの人たちが揃って入口を見、ひどく驚いた顔をする。
そのうちの一人はすっと立ち上がって寄ってきた。


「周防じゃないか!久しぶりだなあ!」

「ああ、伊藤…久しぶり…」

「はっは、相変わらず声が小せーな!」

「…どうも」


気が置けない間柄なのか、遠慮なく周防の肩をばしばし叩いて笑う。伊藤さんというらしい。


「で?こっちのコは?」

「ん、かるたを見せてみようと思って、連れてきたんだ…学科の後輩。なまえちゃん」

「あ、みょうじなまえです。よろしくお願いします…?」


よろしくするのだろうか。
展開がいまいち読めないながらも挨拶してみると、伊藤さんはニッと笑った。
文系っぽくない豪胆な人だ。


「なまえちゃんな。オッケー覚えた!まぁま、上がって」


他の人たちもにこにこしていて、どっちかというと歓迎ムードなのに少しほっとしつつ畳に上がる。
先に上がり込んでいた周防さんはそこらへんから何やら箱を引っ張り出してきた。
座って、と小声で言われ、座った向かいに周防さんも腰を下ろす。そして説明しながら箱の蓋を開けて中の札を並べ始めた。


「これは初心者用の札で、決まり字が書いてある。読まれた決まり字の札を取ればいい」


初心者用の札。
周囲に散らばる他の方々の札を見てみれば、なるほど、それらは俳句のようにシンプルに字が印刷されているだけだ。

周防さんが手早く並べていく札は、句の背景にうっすらと「ちは」だとか「ふ」などと見える。それぞれ字数が違ったりしているが…これが決まり字とやらだろうか?
これが読まれたら取ればいい、と。………。

なまえははっと我に返った。


「い、いやあの…何するんですか?今からかるたするんですか?」

「うん」

「え、いや…そんな、わたしルールとかも知りませんし」

「読まれたら取る」


そりゃかるたなんだからそうでしょうけど!
唖然としているなまえを放って、周防はせっせと札を並べていく。伊藤は「周防、お前…」と呆れた声を出した。


「まさか何も説明しないで連れてきたのか?」

「……やればわかるかなと」


はーあ、と溜め息をつく伊藤。周防は札を並べ終え、「詠みお願いします」とちっさな声で言って上座に座る人を見た。メガネの女性は聞き取れなかったらしくきょとんとしたが、何を求められたかは分かったようで詠み札を交ぜ始めた。

向かいの周防が居住まいを正す。なまえも慌てて正座し直したが、何が何だかわからなくて伊藤さんにでもすがりたい気持ちだった。
りんごと言われたらりの札を取ればいいってもんじゃないだろうに。
どうしてこんな、いきなり、ハイレベルなかるた!?


女性が咳払いをする。


「今は何も取らないでね」


一段と低い声が囁くように聞こえて、なまえは周防を見た。
周防は札を見下ろすようにしたまま瞳だけを上目遣いにこちらへ向けている。ぼんやりとした表情でなくひどく真剣で、暗い目の奥に鋭い光を携えて。
心臓を掴まれたような気がした。この人、こんな顔するんだ。

詠み手が何かを詠んでいる。
(「いまをはるべと さくやこのはな…」)


「この歌を詠んでから試合が始まるの」






歌の後、詠み手が口を開くやいなや周防は札を浚った。
これには流石になまえも瞠目する。何だその速さは。
二枚目、三枚目とそれが続くので、これがここでいう「かるた」なのだということを七枚目あたりでようやく悟った。


周防さんが何をしたいのかは未だによくわかっていないが、とりあえずわたしにかるたをさせたいのは確かだ。
ならば、となまえは周防を真似て構えた。


「むらさめの──」


きちんとやろうと真剣になっても、決まり字を認識する間もなく周防の手が札を払う。
聞いてから札を探すのでは遅いようだ。決まり字の配置を覚えて、


「こぬひとを──」


覚えて。


「せをはやみ──…」


周防は容赦なく札を払いながら、なまえの腕がピク、と反応するのを見た。


「しらつゆに──」


「っ、あー…」

「…!」


パッ、となまえは手を伸ばした。しかし札は既に払われた後。
まぁ初トライで札を奪えるとは思っていない。なまえは大人しく腕を引く。なんせこの人、馬鹿みたいに速いのだ。
再度ざっと一面に目を走らせ、決まり字とその位置をそのまま読み込む。


息を吐いて構え直したなまえを、周防は目を丸くして見つめた。


「おおえやま──」


場に無い札だ。動かない。
そして、


「きみがため──」


パシンッ


「!っと、…やった、」


伸ばした手は札に触れ、勢いで競技線の外へと飛ばした。競技線などまだなまえは知らないことだったが。

意外にも札が取れて思わず顔を綻ばせたが、向かいから手が伸びてこなかったことを怪訝に思い、顔を上げる。

そこには目を丸くしたまま、手をゆるく畳に着いた周防がいた。
そのことに逆になまえが目を丸くする。


「あの、周防さ…?」

「札の配置覚えたの?」

「は?…あ、配置ですか?」


なまえはぐるっと札を見渡しながら、「まぁ…なんとなく」と曖昧に頷いた。
あの札はどこ、この札はどこ、とひとつひとつ確認されたら自信はないが、あの札はあそこらへん、というぼんやりとした認識なら頭に出来ている。そもそもそれが得意だから神経衰弱に強いのだ。

あとは聴覚と手をなるべく直結させて、手を伸ばしながら札を確認して払えばいい。…はずだ。多分。


合ってるよなぁ?と思いつつぐるぐると札を確認していると、何かに堪えかねたらしい周防は、両腕を伸ばしてなまえを捕まえ、そのままぎゅっと引き寄せた。並べられていた札がごちゃっと乱れる。

驚愕したのはなまえとサークルの面々である。


「うっ、………っ!!」

「ちょ、すお、お前なにしてんのー!?」


ぎゃあー!と叫びたいところをなまえは必死に堪え、伊藤は仰天して周防の肩に手をかけた。
しかし周防はひどく目を輝かせて伊藤を見上げ、次いでなまえの髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜながらぎゅうぎゅうに抱き締めた。

辛うじて苦しくはない、苦しくはないけど何これあったかいなちくしょう!


半ば混乱気味ななまえの頭上で、周防は嬉々として「やっぱりなまえちゃん才能あるよー!」と珍しく大声で叫んだのだった。


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あきゅろす。
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