新年に至るまでのこと(ケロロ軍曹/ガルル中尉)150209
※「新年も生きていく」の設定話です
***

わたしが生まれた頃。
宇宙情勢の変化を受けて、ケロン星でも平和を希求する風潮が高まっていて、軍人希望の若者が目を見張るほどの勢いで減っていた。
皆が当然に軍に尽くす道を選んだかつてのケロンとは違う。争いを知らない親と、その子ども。世代交代が進むにつれて、軍に関わることのない者が増えていった。

わたしの父は機動歩兵、母は看護師。
二人とも、軍に勤めていた。
だから幼い頃から並々ならぬ関心がケロン軍にはあったし、軍人になることはケーキ屋さんや先生になるのと同じ、選択肢のひとつだった。
幼年学校では、親が軍に関わったことのある子どもとそうでない子どもが半々というところだった。それでもわたしたちにはそんなことは関係なく、輝く未来を夢見てのびのびと過ごしていた。

幼年学校に入ったあたりから、ときどき不思議な風景を見るようになっていた。それは既視感であったり、フラッシュバックであったり、夢であったりした。
現実よりずっと原始的な風景と、知らない人たち。
最初の頃は訳がわからないながらに見たこともない世界を垣間見るのがおもしろくて、それがふっと脳裏をよぎる度に胸をときめかせていた。わたししか知らない世界。
そんな経験を何年も重ね、ある日突然気がついた。ときどき見ているこれは、全部繋がっている。場所も、時間も。わたしが見ていない部分も本当はあって、ひとつながりの場所と、経過していく時間の、ほんのワンシーンずつを、わたしは見ているのだ。
よく出てくるおばちゃんは、きっとお母さんにあたるのだ。冴えないおじさんは、お父さん。何度も見た女の子たちは、友達なんだ。そうだ。時代遅れな作りの学校と教室。先生。うるさい男の子たちは、クラスメート。たまに見るお店の、内観と外観は別々の日に見たけど、これは同じお店だ。そのお店がある場所は、家らしき場所からそんなに遠くない。お店に行く道のりの途中には、夢でよく遊んでいる公園がある…。

繋がっている。
いろんなものを見てきたと思ったが、それらは一本の映画の各シーンにすぎなかった。
では、映画の、主人公は?
この世界を見ているときの、視点の持ち主は誰だ。

晴天の霹靂だった。
あんまりに驚いたからか、その日から不思議な世界を見ることはなくなった。


幼年学校を卒業する年。
両親が亡くなった。戦死だった。
たまたま同じ任務に出ていて、そして任務先の星で死んだ。戦場となった星ごと、爆発したのだという。星を奪われかけた敵種族の最後の意地だった。敵にも味方にも生存者はない。

その知らせが届いたときはまったく意味がわからなかった。お母さんとお父さんが死んだという。どこかの星で。
実感が湧かないまま数日が過ぎて、でも本当に二人とも帰ってこなくて、そして戦死者のためのお葬式が盛大に執り行われた。
任務に就いていたケロン軍人は五十名ほどだったという。遺体はひとつもない。星ごとすべてが灰となったからだ。

参列者には大人も子どももいたが、見る限り同い年くらいの子はあんまり泣いていなかった。泣いていたのは、大人と、わたしより年上のお兄ちゃんお姉ちゃんたちだ。
あのお兄ちゃんやお姉ちゃんも、お父さんたちが亡くなったのかな、と、見てわかった。それなら、あの人たちのところには、亡くなった人はもう帰ってこないだろう。二度と会えないんだろう。かわいそうだ、とても。

他の人のことなら事態が理解できた。そして、電撃が落ちたようだった。
わたしも同じだ。お母さんとお父さんは帰ってこない。もう会えない。この先ずっと。二人は死んだのだ。

その後は親戚の元に引き取られたが、あまり覚えていない。自覚した瞬間から死ぬほど寂しくて、気が狂いそうだった。泣いても泣いても涙は尽きない。お母さんとお父さんに二度と会えないなんて納得がいかなかった。
どうして会えないの。死んだからだ。どうして会えないの。死んだから。どうして会えないの。どうして!

泣いては眠り、目が覚めては泣くという日々を繰り返した。
夢を見れば二人が出てくるから、起きている間はひどく苦痛だった。ずっと眠っていたい。二人が死んだことをきれいに忘れて。

そうしていると、いつか見ていた不思議な世界の夢を再び見るようになった。
改めて眺めると、そこは本当に穏やかな世界だった。侵略のしの字もない。
お母さんとお父さんらしき人は相変わらずいる。友達も、ときどき顔ぶれが違ったりするけど、特に変わりない。みんな元気そうだ。学校も町並みも、信じられないほど、平和。
薄ら寒くなるほど穏やかで、現実味がなくて、羨ましくもならなかった。

そしてある日、視界に、鏡が入った。
こちらを見てくるのは女の子。
何の抵抗もなくスッと理解した。これ、わたしだ。
この世界は、この日常は、わたしのものだった。いつかのわたしの。


目が覚めると、ひどく荒んでいたはずの心がなぜか凪いでいた。
わたしはあの世界で生きていた。
そして今、ケロン星で生きていて、父と母を亡くした。
寂しい。寂しいけど、わたしも生きなきゃ。あのとき穏やかな世界を生きたみたいに。父と母が生きてたみたいに。

重たい体で部屋を出ると、親戚のおばちゃんがびっくりして、それから抱きしめられた。あと喜んでくれた。
水を飲み、お風呂に入って、ご飯を食べる。たまに悲しさで胸がいっぱいになったけど、悲しいままにしばらく泣いたら落ち着いた。悲しくなる度に泣いて、泣きながらご飯を食べたりして、おじちゃんおばちゃんが頭を撫でてくれた。いとこのお兄ちゃんも。久しぶりにテーブルで食べたご飯がすごく美味しかった。

しばらく体を慣らしてから、学校へも戻ることができた。結局丸三ヶ月休んでいたのだが、そのことについてのお咎めや処罰みたいなものは一切なかった。卒業もできるらしい。軍属の保護者を亡くした児童には、そういう手配がされるらしかった。

学校には、わたしと同じくあの任務で親を亡くし、まだ学校へ復帰していない子もちらほらいた。
聞いた話だと、ケロン軍で戦死者が出るのは数百年振りのことだったのだという。それも一人二人でなく、これほどの人数が亡くなるとなれば、およそ二千年振りとのこと。ここ数千年は宇宙情勢や世論に押され、無茶な侵略や厳しい作戦が展開されることはなかったのだそうだ。
だから軍に勤める親の方も、自分が死んだときのことを子どもに言い聞かせたりしなくなった。
そんな中での今回の件だった。みんな心構えができていなかった。


卒業を控えて、わたしたちは進路を選ばなければいけなくなった。
道はだいたい三つだ。成年訓練所へ進むか、進学するか、就職するか。


「本当に、それでいいのね? 辛い道だと思うけれど」

「はい」

「…わかりました。では、ナマエさん、あなたの成年訓練所への入所希望を認めます。変更があれば二週間以内に申し出るように。それが最終締切だからね」

「はい。ありがとうございます」


わたしは、先生との面談を経て、成年訓練所で軍人を目指すことにした。
先生にも親戚のみんなにもものすごく心配されたが、どうしても軍が気になっていた。いつか違う仕事をするとしても、一度は軍を目指さなければ、わたしは何者にもなれないと思った。

父と母は、ときどき愚痴をこぼしながらも、一生懸命軍に勤めていた。
記憶として辿ったかつてのわたしは、ケイサツやジエイタイに守られて、安全の約束された国で暮らしていた。

命を奪い、または差し出してでも、人々を守る仕事とはどんなものだろう。どんな気持ちで、日々の仕事をしていたんだろう。
知りたい。わたしも。


***


成年訓練所では、機動歩兵のスナイパーコースを専門とした。私の望みのためには看護兵として働くよりも戦場に出るべきと思っていた。格闘系でなく銃にしたのは、銃を大切にする父の姿を朧げながら覚えていたからである。
なるべく広い知識を身につけたくて、指揮官・格闘・アサシンなど他のコースへ進んだ同期からもそれぞれの基礎を叩き込んでもらった。
専門であるスナイプについては出来る限りの努力をしたが、どうやらスナイプ向きの才能はないようだ。努力した分だけが報われる程度の結果で、スナイパーコースでは中の上くらいだった。ちなみに今期のスナイパーコース生は6人、同期は全員で21人である。あと千年もすれば、成年訓練所の生徒が0になる時代がくるだろうと言われているらしい。

ある日、奇跡のように偶然が重なって、同期のひとりが私と同じようにいつかの記憶を持っていると知った。互いに仰天である。それも、よくよく話してみれば、夢でよく見ていた友達だという。向こうにとっての私も同じ。
ひとりきりの孤独は、ふたりきりの絆と寂しさになった。三人目の奇跡は、きっとないだろう。


そうして、成年訓練所の卒業が近づいた。
春からは看護科以外の全員が新兵となり、より実戦に近いシミュレーションや他星での実施訓練に入る。
本物の戦場に出るまでにやれることをやっておかなければと、自らを苛め抜く決意を新たにしていると、教官に呼び出された。待ち構えていたのは、私に雷を浴びせようとする紙一枚。


「……そんな、まさか」

「こちらでも問い合わせたが、確かだとのご返答だ。間違いはない。
ナマエ、気をつけ。目を食いしばれ」

「は、………いえっ、お待ちくださ、」

「辞令。成年訓練所機動歩兵科スナイパーコース所属ナマエをガルル小隊へ10年の仮配置とする。…しっかり勤めて、鍛えて頂いてこい」

「………っは、…はいめい、いたしました……」


新兵として腕を磨いて、実戦経験を積んで、いつか、どこかの小隊にスナイパーとして所属出来ればと思っていた。そういう道を歩むはずだった。
例え仮の配置だとしても、入隊後すぐに小隊に、それもトップクラスの隊に所属できるような成績では絶対にない。私より腕の立つスナイパーなどいくらでもいるって、ご存知だろうに。
何を考えてらっしゃる。
…ガルル中尉。


***


卒業式の前日。
訓練所内が慌ただしく大掃除に追われる中、私はある教室へと向かった。
頭は通達を受けた日からショートして上手く回らず、もういろいろと諦めていた。なるようにしかならない。

目的の教室に着いた。
震える手でドアをノックし、名乗る。


「機動歩兵科、スナイパーコース所属、ナマエと申します。ガルル中尉、いらっしゃいますか」

「ああ。入りなさい」

「…失礼いたします」


低く張りのある声が返ってきた。死にそう、と思いながら、ドアを横に引く。

ガルル中尉は、座っていた窓際の席から立ち上がった。
…訓練生の座席似合わな…いや何も思ってない。
教室は傾きかけた日の光が差し込んで明るかった。


「大事な式の前日にすまない。今日は清掃日かね?」

「あ…、はい。そうです」

「では早めに君を返してやらないとな。私たちの時は深夜までやっていた」

「えっ!?」

「卒業を目前にして羽目を外した者が複数いてね、連帯責任で全員が訓練所の隅々まで整備させられたのだよ」

「うわぁ……、あっ、すみません」


卒業前日に深夜まで罰作業とか嫌すぎる。
あまりのことに反応がだだ漏れてしまい、慌てて謝る。ガルル中尉は笑って「楽にしなさい」と言った。
…笑っただと!? いや、何も考えてはいけない。余計なことを考えるととんでもない無礼をしでかしそうだ。


「今日は顔を見に来ただけだ。我が小隊との顔合わせは来週だな」

「は、はい。10日、ですよね」

「ああ。予定は13時だが、10分前に本部の受付で待機していてもらえるか? こちらから迎えを出そう」

「えっ、」


とんでもないです!と断りかけて、ちょっと待てよと踏みとどまった。
迎えに来させるなんてとんでもない、が、顔合わせはガルル小隊の専用ルームで行われるのだ。軍本部に入るだけでも胃が痛いのに、そこから小隊の皆さんがいらっしゃる部屋までの道のりを思うと、思うだけでまたも死にそうだ。受付までどなたかが迎えに来てくださるとしたら、どれほどありがたいことか。
礼儀か安堵か、重すぎる選択肢を必死に検討して、詰めていた息を吐き出す。


「…了解しました」

「うむ。彼らも君に会うのを楽しみにしている。君は堂々としていなさい」

「はい…」


返事はイエス一択だが、無理だ。あの超優秀な面々の前で堂々としていられるわけがない。
私に会うのを楽しみにしてるって。ないでしょう。死んじゃう。いや生きる。

ガルル中尉は机の間を縫って近づいてきて、私の前に立った。
西日が眩しい教室で、軍服の生地の硬さが見てとれるほどの距離に、ガルル中尉がいらっしゃる。…夢なら楽なのに。


「君の配置要請が間違ってはいなかったと、そう思いたいものだ。だが君はそういったことは考えなくともよろしい。多くのことを吸収するよう努め、精進するように。…私の望みはそれだけだ」


ガルル中尉は、とても静かな声で、一番知りたかったことを教えてくれた。
もしかしたら敬礼した方が良かったかもしれないが、腹の底からくる衝動に従った。一歩引いて、「よろしくお願いします」と深く深く頭を下げた。


「ではまた、10日に」

「はい」


顔を上げるとガルル中尉は満足気に頷いて、言葉少なに教室を出ていった。
見送りを申し出たが断られたので、そのまま去っていく後ろ姿を眺め、遠くなる靴音を聞き、ひとり取り残された教室を振り向いた。

ここも明日で卒業だ。
訓練所とはいえ、賑やかで明るくて、死から程遠く安全だった場所。
「いつかの私」が通っていたコウコウやダイガクによく似た、守られた場所。

感傷に浸りたい気もしたが、ここはとっとと掃除に加わった方が後々よい思い出にもなるとわかっていたので、風景を目に焼き付けてから教室を飛び出した。
飛び出した瞬間、なんだか訓練生の頃の父と母が笑って私を待っているような、そんな錯覚を覚えた。


***


ガルル小隊に配置されて、もう一年。
超絶個性的かつ能力の高い面々にいろんな意味で胃を痛めたが、なんとかやれている。
残り時間は九年を切ったのだ。この調子では、本当にあっという間に過ぎてしまうのだろう。どれだけ頑張っても、悔やむことは多いに違いない。
毎日必死に五人を見ている。ガルル中尉のスナイプの技術と戦術を、タルル上等兵の身体の使い方を、トロロ新兵の天才的な思考を、ゾルル兵長のアサシン特有の技術を、そしてプルル看護長のサポートの的確さを。
私という軍人は、どれほどのものを身につけられるだろうか。どれほどの人材になれるだろうか。
あわよくば役に立ちたい。こいつがうちの隊に来て良かった、育てて良かったと、皆さんに思って欲しい。
そうやっていつか、誰かを守ることができたら。

…とかまぁそんなマジメなことを考えていられるのは帰寮後くらいで、出勤時に頭にあるのは、今日のトロロ先輩はどんな無茶ぶりをしてくるかとか、ここ数日ゾルルさんを見つけられてないなとか、そんなものだ。

ガルル中尉は大体は早くに出勤されるから、今日もきっといらっしゃるだろう。他にもどなたか来てるかな。
小隊専用ルーム入り口の認証機器に手を伸ばす。おはようございます、の挨拶を、口の中につくる。

ドアが開いて、向こうにいらっしゃるガルル中尉が「今日も早いな」と笑った。



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