サヴィーナの恋
ルチアーノとサヴィーナの会話にひとまず収拾がついたとみて、ナマエはそっと顔を出した。
こちらを認めたルチアーノが苦い顔をする。
ナマエは向こうからきちんと姿が見えるように立ち、萎縮する声帯をどうにか震わせた。
「あの、サヴィーナ」
ルチアーノにくっつく程の距離でうつむいていたサヴィーナが顔を上げる。
やっぱり涙に濡れていてナマエは眉を寄せた。なんでサヴィーナほどの女性が泣かなきゃならない?
旦那このやろう。
「その、えー…と。これから、家に…帰るんですか?」
サヴィーナはぼんやりとこちらを見つめたまま。
「今は、その…離婚のお話とかは、辛いんじゃないかなと、思って」
ああもう!
ナマエは息を吸った。
「もしアレだったら、うちに泊まりに来ないかなって!わたしもサヴィーナにはお世話になってるし、今夜は休んで、明日またきちんと話せば…。辛いんならその方が」
いいんじゃないかと…
最後は結局尻すぼみになってしまって、視線を地面に落とした。
余計な気遣いとか空気読めとか言われたらそれまでだけど、心配だから仕方ない。こんなことしか出来ないんだから。
コツ、と靴音をさせてサヴィーナはナマエの前に立った。
「ありがとう。でも、大丈夫」
今夜は帰るわね。
頬に触れてきた手は夜の空気のせいでちょっと冷たくて、でも涙に濡れて微笑むサヴィーナは美しい。年を重ねた内面の美が口元に皺を刻む。
ナマエは頬にあるサヴィーナの手を握った。もう片方の手で拳をつくり軽く構えてみせる。
「話し合い、旦那さんに負けないで下さいね。ボッコボコですよ」
「ふふ」
無理のない柔らかい笑み。
あれ、なんかちょっと元気になってる、とナマエは瞬いた。
旦那さんとの離婚が確実になっても。ルチアーノにきっぱりフラれてしまっても。
もしくは、だからこそ?
「また食べに来て下さい」
表にタクシーを呼んだという。
ルチアーノに付き添われて去る貴婦人の後ろ姿を眺めながら、早くちゃんと元気になりますようにと祈った。
途中、優雅に振り向くサヴィーナ。
「ナマエ、またあなたとコンチェルトがしたいわ。練習してらしてね」
「…はい!」
なんという貴婦人。
素敵だ。
戻ってきたルチアーノは何も言わずにナマエの頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜ、何を思ったか、そのままぐっと肩まで引き寄せた。
固まったナマエを余所にぽんぽんと頭を撫でると、中に戻っていった。
カメリエーレの背中を呆然と眺めつつ、ナマエは頭に手をやる。…びっくりした。
それが大人の恋ですか、ルチアーノ?
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