リッツォ夫妻はちあわせ
今夜はランディ夫人がいらっしゃるからと、彼女の来店とともにナマエはキッチンからホールへと借り出されていった。
そのはずのナマエが、突然息も絶え絶えにキッチンへ駆け込んできた。
「わっ、どうしたのナマエ!?」
「り、リッツォ氏が、夫人と、浮気の…げっほ」
「はぁ?」
慌ててナマエに駆け寄ったニコレッタは、しかしナマエが肩を震わせているのが笑いを堪える為だと知って怪訝な顔をした。
「なんなのよーもう。…あ、クラウディオ」
「ニコレッタ…ナマエがいきなり出ていってしまって。大丈夫ですか、ナマエ」
「ああ、笑うの我慢してるだけみたいよ」
「けほ、ごめんクラウディ、っぐ、クラウディオ」
「…はぁ、……?」
「ねえ、何があったの?」
「ああ、それが実は…」
むせたりしているナマエを心配そうに見ながら、クラウディオはホールでリッツォ氏・夫人の両人がお互いに浮気相手を複数連れて鉢合わせたことを話した。
聞き終えるなりニコレッタはえええ、と叫び、テオがうるさい、と返し、フリオはおやまあと目を丸くした。
「そんな鉢合わせってある!?」
「つーか今までなかったのが不思議だよ」
いくらなんでも、とドアを見たニコレッタはそこで、ははぁ、とうずくまるナマエを見下ろした。
「なるほど、だからか。ナマエはその場面に居合わせたのね?」
「もー、名場面だよ」
ようやく笑いの発作を収めたナマエは大きく息をつき、ふらふらと立ち上がりながら目尻の涙を拭った。
「ランディ夫人方のテーブルについてたらさ、入り口のとこが騒がしくなって。何かと思って見てたらアレだよ…日本じゃありえないって」
「ローマでもあんまりないわ、こんなこと」
「そうなんだ」
「あの、ナマエ。早く夫人のテーブルへ行って差し上げないと…突然出ていったから驚かれてると思いますよ」
「は、しまった」
ランディ夫人はその昔リッツォ夫人が連れてきた、男性が苦手なマダムである。彼女が来店するときはいつもナマエがテーブルについている。
クラウディオに急かされたナマエはサッと顔を青くし、手早く身だしなみをチェックすると足早にキッチンを出て行った。
見送るルチアーノが呆れた顔をする。ニコレッタはホールへ続く廊下に首を伸ばした。
「気になるわー」
「顔を出すな。オーナー夫人に叱られても知らんぞ」
「…。ルチアーノっておじいちゃんみたい…。口うるさい…」
「孫はフランチェスコひとりで十分」
ちぇ、と唇を尖らせたニコレッタは、せめてもの息抜きにジュースのパックを手に取って「フランチー」と賄い部屋へ向かった。
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