1-04 年度末、夏

「思ったんだけどさ」

「なに?」


夏休み直前。
学年末試験を終えて結果が返却されるまでの束の間、生徒は完全に自由になる。現在教授陣は恐ろしい人数分の採点に頭を痛めていることだろう。

大広間、魔法の天井から降り注ぐ夏の日差しは、日本のそれに比べれば大分柔らかい。魔法であって本物じゃないし。紫外線もないんだろうな。
ナマエは長テーブルに背を預け喉を反らして苦しいほど上を仰いだ。眩しさに目を細める。


「夏に年度末って、変な感じ」

「あぁ、うん。そうね」

「今は単に試験終わったら夏休みで、9月に学年上がるだけだからいいけど。最終学年だとさ、卒業式を夏にやって、9月から就職とかするわけでしょ」

「そっか!卒業式、夏になるんだ…。改めて考えると違和感ありまくりだわ。卒業と新年度に桜が咲いてないって」

「そうなんだよね。桜…」


イギリスの夏は静かだ。蝉が鳴かないから。
空が青くて、そこそこ暑くて、白い日差しが静かに降ってくる。
周りに誰もいないときは、あんまり静かで泣きたいほど寂しくなる。

こんな季節に、卒業するなんて。卒業式をするなんて。
今年の7年生はどんな気持ちで卒業していくのだろう。夏の卒業式を当たり前として育ってきたイギリス人の、皆の感覚はどうなっているんだろう。


「考えたら、年度末・年度始めが春なのって珍しいのかな。日本だけ?」

「アジアは春なんじゃない?」

「ふぅん。6月に卒業か…どんな感じなんだろ。日本だと梅雨明けだけどな」

「こっちは梅雨も軽いしね」


初夏の白い日差しの下でホグワーツと別れて、長い休暇の後に社会人としての生活が始まる。深緑の季節、淡い桜の花弁はどこにもない。
桜が咲いて散るから、感傷も涙も期待も肯定される。不安定な気持ちに区切りをつけて、きちんと前を向ける、のに。

この心は、どうすれば七年間もの月日を「卒業」できるんだろう。


逆向きに座るナマエと違って普通に座りテーブルに肘をつくユカは、再び口を開く前に周囲の耳を警戒した。もうしばらくでお昼時とあって、ちらほら人が見えている。


「まあ、どうせ順調には卒業できないんだけどね」


ほとんど囁くような声に、テーブルに乗っかって上を見上げる目だけがユカを向く。どう見ても無理な体勢だし辛そうだし止めればいいのに、と思う。
眩しそうな表情が可笑しさを含んで目尻がさらに緩んで、笑ったら反らした胸の肺が余計苦しいようで、それでも「そうね」とナマエが笑った。

ヴォルデモートが滅んで、ホグワーツの態勢が再び整ったら、改めて7年生に就学できるのだろうか。
それまで時間はあるから、今しばらく考えていよう。



ちょうどその時マクゴナガル教授とスネイプ教授が大広間に姿を見せたので、ナマエはぎょっとして上体を跳ね起こし、ユカは驚いてうっかり肘をすべらせた。行儀悪くしてると淑女がどうのと寮監に注意されてしまう。
バクバクする心臓で冷や汗かきつつ、知らぬ振りのお澄ましで姿勢よく座り直そうとしたら、なんだかお互い間が抜けてて笑えた。




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