0-0 おはよう

昨日まで、
普通に過ごしていたのだけど。




「Oh!Do you waked up?(あら、目が覚めた?)」


ぱちりと目を開けると、知らない人がニッコリと笑ってネイティブの外国語を喋った。知らない人が、ていうかブロンドの、初老の女性、ていうか、
…日本人じゃない。


「I feel relieved...are you ok? Do you remember before you sink?(良かったわ…気分はどう?倒れる前のことは覚えてる?)」

「あ、あの」

「Oh my, you are'nt speak English, are it? An...Japanese?(まあ、英語じゃないわね。えっと…日本語かしら?)」

「っ、イェス!イエス、アイムジャパニーズ」



ようやく聞き取れた単語に慌てて頷く。彼女は好奇心旺盛な子供のようにかわいらしく笑った。


その後もなんとかやりとりをしてわかったことには、どうやらここは孤児院だったらしい。
わらわらとベッドに寄ってくる子供たちに手を伸ばし、ひとつ撫でる。
自分の手のひらも身長もだいぶ小さくなっていることには気付いていたが、これ以上混乱の要素を招きたくなくて何も言わずにいた。


個人で院長をしているその方はローズさんと言う。アイムローズ、と高い鼻を指して微笑んだ。きれいなグレーの瞳。握った手はしわくちゃで、柔らかく温かい。


どうも聞き慣れないなまりがあると思ったら、学校で習ってきたアメリカ英語ではなく生粋のイギリス英語だった。
つまりここはイギリスだ。状況は掴めてきたもののますます訳がわからなくなったところで、隣のベッドが唸った。


「ん、うーん」

「ユカ!」

「ユカ? Her name?」

「あ、Yes, yes.」


目を覚ましたユカもまた目を白黒させた。
現状を日本語で説明し、それでどうしよう、と二人沈黙に落ちたとき、ローズは二人の手をそっと握って、ゆっくりと喋った。
簡単な英単語を引っ張り出して懸命にコミュニケーションを取ろうとする、日本人の女の子たちにも聞き取れるように。


「Would you live with us?」



**



結局、ナマエとユカが状況を正しく把握しきれたのは、それから半年後のことだった。
ある夏の日。


「ナマエ, ユカ!」


子供たちに交じって皿洗いをしている二人を、ローズは戸口から呼び寄せた。
手を拭いて行ってみると、彼女の隣に立つのは見知らぬ老人。しかし非常に不思議な格好をしているし、それに何と立派な髭だろうか。


ローズが何事かを話すと、ご老人はそれらしくふぉっふぉと笑い、それからエヘンオホンと咳払いをした。白い口髭に隠れた口元が動く。


「あー、うむ、手伝い中にすまんのう。君たちがミス・ミョウジにミス・ナルセかな?わしはアルバス・ダンブルドアという者じゃ…魔法学校の校長をやっておる」


ナマエは全力で、痛いほどに目を瞑った。

訳もわからずここでミズ・ローズのお世話になり始めて、何度現実を疑ったことか。
10歳ほどに小さくなった体、違う西暦、それに単純に、わたしは何故こんな場所に来たんだろう。


なんにも解決していやしない。
しかし、そうか、ここは、

この世界は。




「信じられんかもしれん。しかし君たちは魔法使いの素養を持っておる」


折れ曲がった三角帽に、長いマント…いや、あの児童書ではローブと呼んでいたか。
ようやく孤児院にも慣れてきたところなんだけど。


ダンブルドアが差し出した手紙を、ナマエとユカは黙って受け取った。
この孤児院で過ごしたのはたった6ヶ月。日本での日常は、容易く鮮やかに思い出すことができる。この封筒を映画館のスクリーンで観たことも。



二人とも、一度はあの魔法学校での物語に夢中になった身。
将来はローズの手伝いをするというささやかな目標をひとまず置いといて、ナマエとカヤはホグワーツへの入学とダンブルドアへ身元を預けることを了承した。

実は魔女だったというローズに抱き締められ、子供たちにも猛烈な挨拶を食らい、二人は孤児院を後にした。



**



「ダンブルドア先生」

「おお、せっかく保護者になったんじゃ。是非ともおじいちゃんと呼んではくれんかの?なんじゃろう、ナマエ」

「…おじいちゃんはいつも、わたしたちみたいな…マグルの子を迎えに行くんですか?」

「いいや、いいや。ナマエとユカは親御さんがおらんでな、特別じゃ。本来ならば…例えば今年はハリーという男の子も入学するが、その子への説明はホグワーツの森番が向かっておるよ」


意図せずして年代を把握してしまった。子世代だ。
ユカとそっと視線を交わして、ナマエは驚いたような声を作って「ホグワーツは学校に森があるんですか」と尋ねた。



明日はホグワーツ特急に乗る。
…ダンブルドアはこんな日に漏れ鍋にいて大丈夫なのだろうか。


[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!