04 でかける
これはもう電話するしかない。プルルル、と鳴る呼び出し音を心の中でカウントする。
出来ることなら直接会って事情を聞き出したいが、もう夜の10時をまわっている。…繰り返すが、夜の10時である。
以前から約束してあった予定を確認するならまだしも、明日の予定を新しく取り付けるには遅すぎる時間じゃなかろうか。ある程度他人行儀な相手なら尚更。
カウントが5を数えた後、コール音が途切れて小さな声が『…もしもし』と応えた。
「もしもし周防さん?あのメールどういうことなんですか」
『…どうって言われても。明日の朝7時半に、コンビニで待ち合わせ』
「それは分かります!ていうかそれしか分からないんですよ!件名にそれだけ書いて用件もなしってどういうことです!?」
『…それが用件だもん』
「だもんて!……いや、いやいやいや」
先ほど届いたばかりのメール。件名に「明日朝7時半に学校前のコンビニで」とあるだけで、本文は空。
あまりにも唐突な内容に、思わず三回読み返した。
完全に間違いメールだろうと思ったのだが、送信元を見ると周防さんだった。反射的にまずい、と思った。
たとえ非常識な時間に件名一行のメールでも、あの人だったらやりかねない。つまり、このメールはマジかもしれない。
そんな朝早くから周防さんに駆り出されるとか。勘弁してほしい。
「んな早い時間に、どこ行くんですか」
『詩暢ちゃん家』
「しのぶちゃ…クイーン!? の、家!? なんで!!?」
『テンション上げたいから』
「………わからん!ぜんっぜん意味わからんです!」
電話の向こうで周防さんがため息をついた。なんとも腹立たしい、ため息をつきたいのはこっちである。
メールだと要領を得ないやりとりが何通も続きそうで電話にしたのに、電話してみればこれだ。早朝からかるたクイーンの家にテンション上げに行くって何事?
気が付くと親指が電源ボタンに触れていた。身体の方は意識するより先に通話を切りたがっていたらしい。
「…じゃああの、周防さん、明日の予定を一から全部教えてもらえますか。そしたらちゃんとわかるかも」
『えー…めんどうだよ』
「そんなんなら私行きませんよ」
『待って。それはダメ、来て、なまえちゃん』
「…、」
…ひどい我が侭を言われているのに、懇願と名前呼びに僅かでもときめいた自分を殴り飛ばしたくなった。
声小さいくせに!低いから!電話越しの耳元で!ドキッとしたじゃないか!
殴り飛ばすかわりにこっそりほっぺたをつねりながら根気強く聞き出したことには、明日は名人戦・クイーン戦の予選があるから、詩暢ちゃんも誘って見に行きたいとのことだった。そしてワイロ代わりに渡すお菓子を購入しに行くために、私とは早めに待ち合わせるのだと。
…まとめてしまえばこんなにも簡単な話を、この人はどうしてメールで伝えることが出来ないのか。
「ていうか、そのお菓子買うのに私いらないですよね?その後に待ち合わせではだめなんですか」
『えー、折角だからほら、朝デートしようよ』
「な、ん、で、す、っ、て?」
『すみません怒らないで…』
「……はーーー、あーもう」
だめだこの人。
隠さずに思いっきりため息をつき返してやって、ぎゅっと目頭を押さえた。周防さんはこちらを伺うように黙っている。
明日の予定はちゃんと聞き出したし、話はわかった。
じゃあもう、そろそろ折れどころを見つけなくては。
明日は少し早起きして、かるたの試合会場に着ていける服を探そう。そして詩暢ちゃんの家に着いたら、詩暢ちゃんがなるべく嫌な思いをしないで済むように、私も頭を下げよう。
もし良かったら一緒にかるた予選見に行きませんか、って。
私にこのタイミングでメールしてきたってことは、詩暢ちゃんにもアポなんか取ってないんだろう。その上でワイロを準備するあたり、周防さんも中々である。
私の方は一応事前に連絡が来ただけでもマシだったのかもしれない。
「…待ち合わせ、8時じゃ間に合いませんか」
『大丈夫だよ。8時ね』
「クイーンの家は何で知ってるんです?…って、そういえばクイーンはお迎えに行って私は待ち合わせですか。いやそれはいいんですけど」
『…なまえちゃん一人暮らしでしょ。男が家まで迎えに来るの、怖くない?』
「…べ、つに。怖くはないです…」
『なんだ。じゃあ迎えに行くよ』
どこまでも自分勝手なくせに、そんなことは配慮してくれるのか。…嬉しいとか絶対思ってない。
つい緩む頬を再びつまんだ。
『また明日、8時にね。おやすみ』
「…おやすみなさい」
いらぬときめきを貰ってしまった。
ほんとにもう、やだな、この人。
通話の切れたスマホを眺めてしみじみと思い、それからアラームをセットした。
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