*テオ
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「新作メニュー?」

「おう。俺とフリオで来週には試作出すだろ?明後日は定休日だし、ちっと作ってみようかと思ってんだ。勉強とでも思って付き合えよ」

「おおう…」


レストラン営業時間終了後、あれこれと片付けながらテオが口を開いた。

粗野な言葉づかいでこちらの都合を一切聞かない横柄タイプ、と見せかけて実は誠実なのがテオだ。私が即答しない今も、背を向けたまま、黙って答えを待ってくれている。
無理だと言えば、舌打ちなんかしながらでも必ず「しょうがねぇな」なんて言って許してくれるだろう。そう考えて、口元が緩む。


「テオがいいなら是非お願いしたいよ。どこで?」

「一応こっちを借りようかと思ってる。オーナーには明日聞く」

「明日!?そんなギリギリに…」

「お前がダメっつったら家でやろうと思ってんだよ。調味料は手持ちので使いたいのがあるしな」

「え、だったら最初からテオの家でいいんじゃ」

「……おっまえは…。そうやってのこのこと男の家に上がり込むんじゃねぇって、ここは安全なジャッポーネじゃなくてイタリアだってそういうこと散々注意してんだろーが!!」

「あああすみませんすみませんわかります覚えてます!明後日にここで!はい!」


ぐわっと恐い形相で振り向いたテオに、思わず立っていた調理台に隠れながら猛烈に謝った。
今しがたキッチンに入って来たフリオとニコレッタがきょとんとしている。


「いけませんよテオ、女性に対してそんなに声を荒げては」

「んだよ、こいつが悪いんだぜ」

「ええはい申し訳ないです、気にしないでフリオ」

「テオとナマエの組み合わせって未だに謎だわ…」



***



そしてデッロルソの定休日当日。朝に待ち合わせて、市場で買い出しを済ませてから店へ向かうことになった。


世間一般は平日なこともあり、朝市場は人通りも少なめで穏やかに息づいていた。
急ぎではないので、様々な食材についてテオに教えてもらいながらゆっくりと通りを歩く。今の季節が旬のもの、遠くの地域から仕入れられた珍しいもの。
食材一つひとつを手に取り、軽く目を伏せて見定めるテオの横顔が、いつもよりずっと穏やかな気がする。


「…なんだよ、さっきからこっちガン見しやがって」

「え、分かるの?」


テオがちょっと心地悪そうにちらっと視線をよこしてくる。
驚いて返すと、テオはまた手元に視線を戻しながら、少しだけ口の端を持ち上げて「分かるよ」と笑った。

…そんな仕草、知らない人みたいだ。休日のテオって、こんな感じなのか。

柔らかい秋晴れの空に朝市場、隣にいるのはテオ。ものすごく不思議な感じがした。






デッロルソに着くと、当然ながら誰もいない。静かな店内に二人分だけの靴音を響かせ、厨房に入る。
紙袋を置いて小さく息をつくと、それを目に留めたテオはからかうように言った。


「いつもうるさい場所が静かだからって緊張してんなよ。今日は遊ぶぜ?」


それからはスキル全開で思いきり料理を楽しんだ。お喋りをしながらざくざくと下準備を済ませ、テオの講義を挟みながら調理が進む。事前にいろいろメモってきたらしいノートを覗き込みながら、自宅から持ってきたという調味料を加える。
それがソースならすぐにスプーンに掬って味見させてくれたりもするのだ。


「おら、口開けろ」

「あー」

「ん。……どうだ?ローストビーフにゃちっと甘すぎるか?」

「んんん!うま!いいなぁ、これ絶対美味しいよ…客になりたい」

「勘弁してくれ、3人じゃ厨房まわんねぇよ。…そんじゃ、あとはドルチェ盛り付けて終わりだな」

「盛り付け?テオと私しかいないんだからもっと適当でも」

「適当ねぇ。せっかく特製プレートつくってやろうと思ったのに、いいのか?」

「…是非お願いします」

「はいよ」


くつくつと喉を鳴らしながらもその手つきは鮮やかで、あっという間に見た目にも素敵なデザートの皿が完成した。
さっぱりとしたパンナコッタに苦めの焦がしカラメルでプレートを彩り、かるい生クリームを絞って添える。おまけにフランボワーズのジェラートをちょこんと。

簡単に盛った前菜やメインプレートも合わせて、いつもみんなでまかないを食べるテーブルへと運ぶ。
並べてみると豪勢だった。休日にひとりで作るごはんとは比べものにならない。


「うし、食うぞ」

「はーい。いただきます!」


テオが手早く水を用意してくれて、向かい合わせに座る。正午を過ぎて、外は暖かい日の光。

二人だけのデッロルソはやっぱりいつもより静かで、ふと会話が途切れるとフォークやナイフのカチャカチャとした硬質な音が響く。テオが眉を寄せて首を傾げた。


「こうもうるさいのがいないと流石に変な感じだな」

「はは」

「…平気か?」


他のメンバーがいなくても。
自分と二人でも。平気か。

テオを見ると、さも何でもないかのような顔をして皿に視線を落とし、手元のナイフを動かしている。

こういう時にテオが目を合わせないのは、プレッシャーを与えない為の気遣いだ。
ナマエも食事の手を止めずに微笑んだ。


「平気だよ」


答えると、テオは「そうか」とぶっきらぼうに言って、行儀悪くテーブルに片肘をついた。グラスに手を伸ばして水を含む。視線は明後日のほう。
これもまた共有する時間が長くなってわかるようになった、テオらしい照れ隠し。


ローストビーフをひとくち食べて噛み締めると、味の深みが増した新作のソースとよく絡んでそれはもう美味しい。

向かいを見れば気を許せる相手がいて、一緒においしいご飯を食べられて。

テオと一緒なら休日はいつもこんな感じなのか、などと思った瞬間にふと顔を上げたテオと目が合って、どきりとした。



動揺
 お互い様の
  定休日




「…たまにはこんな休みも悪かねぇ…よ、な」

「…!」


*


あきゅろす。
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