*柊賢次郎
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どうして夏の終わりはこうも人に物思いをさせるのだろう。
どうして、夏だけが。




***




夏休み最終日、聖凪高校は今日も今日とて夏期講習である。明日からは気持ちも新たに通常授業がスタートする。
講習は午前で終了なので、最後の一日を目一杯満喫しようと授業が終わり次第みんな飛び出していった。
もしかしたら、これから宿題の山と格闘する人もいるかもしれない。

ナマエはというと、今日はなんとなく遊びに行く気になれずに愛花たちの誘いを断り、教室で賢次郎さんをひたすら待っていたところだった。

賢次郎さんは、まだしばらく仕事は終わらないが、あとは教室でも出来るものだからと資料を持って職員室から移ってきてくれた。おかげで退屈せずにいる。


教室に生徒ひとり教師ひとり、たまに紙を捲る音やペンを走らせる音がする。グラウンドは部活もなく静まりかえっていて、時折蝉が遠くに鳴く。
こんなに遅い時期に鳴いて、お相手はちゃんと見つかるのだろうか。…見つかるといい。


こんなに暑くて太陽が眩しいのに、なぜかテンションも上がらず気持ちがしんとしている。
そのせいか、普段意識の奥に眠っている両親や友人のことが、ふつふつと浮かんできていた。
今なにをしてるだろう。
暑さにバテてないかな。
あいつ宿題ちゃんと終わらせたかな。
とりとめもなく、きりもなく。

いつもはそうでもないのに、この晩夏はよくこうなる。この寂しさは何だろう。



「…何だか元気がないな」



一人しんみりとしていると、書類に向かっていたはずの賢次郎さんに心配された。



「いえ、あっちの方も夏が終わるんだろうなと思って」

「あっち……、ああ、いや、そうか」



私が元いた場所のことである。賢次郎さんや愛花になら、こういうことも話せる。話せるようになった。



「お前が来たのは昨年の夏の始めだったな」

「うん、夏休みの前日です。…去年もだったけど、この八月最後らへんってなんか寂しくて焦るんですよね、なんとなく」

「…そうか」


なんとなく、で濁せるかと思ったが、賢次郎さんは「寂しい」の方を重めに拾ったようだった。
神妙な面持ちで視線を落とされて、つい慌てる。



「そういえばっ、季節が終わるのを特別扱いするのは夏だけですよね。春と秋と冬は…その季節が始まる時に大騒ぎはしますけど」

「ふむ」



春の訪れ、夏の本番、秋の深まり、冬の到来。
春の終わりより夏の日差しに期待して、枯れる紅葉よりもクリスマスの方を気にしはじめる。冬の終わりは春の暖かさを喜ぶばかりだ。
夏の終わりだけ、実りの秋の前に静かな一時がある気がする。



「なんででしょう…。賢次郎さんも寂しくなりますか?」

「…いや、季節の変わり目は何かと仕事も増えて忙しいからな」

「仕事かぁ。じゃあ学生の頃は?寂しいとか思いました?」

「ああ、学生の時はそうだった気がする。むしろ学生が一番その傾向が強いんじゃないか?夏は唯一の長期休暇でもあるし」

「え、夏休みが終わるのが嫌なだけってことですか」

「休み…というか、何はなくとも特別な時間が終わってしまうという感覚が強いんだろう。普段の学校生活との対比だな。あとはメディアによる強烈な“夏”のイメージの刷り込みか」

「う、刷り込み…」



ということは、私は実際に体感する夏の終わりを惜しんでいるのではなく、夏休みという非日常と、テレビやら雑誌やらにイメージさせられた「楽しい夏」が終わってしまうことに焦っているだけなのだろうか。


でもそれなら、私に「向こう」を喚起させるのは、何?

降ってくる日差しに涙が出るのは。寂しさを分かち合う相手が欲しくてたまらないのは。



「…まぁ、そういった明るいイメージが強ければ強い分、落ちるときの落差も大きくなる。元々、感傷にハマりやすい季節なのかもしれん」



言いながら、賢次郎さんは眩しい窓の外を見た。
いや、視線をやっただけで、見ていたのは他の何かだったかもしれない。
過去の思い出や、いつか柊家にいた人のこと、とか。

私が家族や友人を思い出すように、賢次郎さんもこの季節にはふと蘇る感情があるんだろう。



「…なーつのおーわーりーって、歌ありますもんね」

「あったな、そういえば」

「イベントいっぱいあるし、思い出もたくさんあるし、そりゃあいろいろ考えちゃう季節ですよねぇ」

「…そうだな」



賢次郎さんがちょっと笑って、またペンを取った。仕事を続けるようだ。
私はほっとして、机にべたりと伏せる。ひんやりして気持ちがいい。



寂しがるために思い出を積み重ねてきたんじゃないけど、たまにはこうしてしんみりするのもいい。
失ったもの、成長したところ、今はもう手の届かない人。入ってゆけない景色。
自覚したら、現実に立ち返ったときに目の前にいる人や環境を、もっと大事に出来る。


8月の最後の日に、こうして賢次郎さんと過ごせる時間があって良かった。
明日からも変わらず暑いが、過ぎる夏を忘れたくない。
そして、また来年。



16のを闊歩


エアコンの切れた教室に汗を拭った賢次郎さんが、「帰りに冷たいものでも食べに行くか」と笑った。
大賛成です!




あきゅろす。
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