柊父とクリスマス2:>
本日、クリスマスイブ。学生は残らず浮かれているだろうがそれはいい。権力を持つ人間が浮かれると面倒なのだ。
トップにお茶目な校長を戴く聖凪高では、如何なくクリスマスが楽しまれていた。例えば今日の授業は午前切り上げ、午後に一時間だけ学活が設定されている。
学活とはつまり、それを設定した校長自らパーティーの許可を出したも同然だ。
今年もやってくれる、と柊賢二郎は溜め息を落とした。
もうすぐ昼休みも終わるからと柊が職員室を出ると、そこには見慣れた生徒が数人立っていた。愛花や名前を含む自クラスの者だ。担任の姿を見つけると緊張が走ったようだった。
「なんだ。どうした?」
尋ねると、生徒たちはざわついて、しばらくして名前だけを一人、前に押し出した。ひどく困った顔をして、「ほんとにやるの…!?」「頑張って!」「責任はみんなのものだから!」何やら言っている。
「…あ、あの!」
「?」
ついに意志を固めたようで、名前は胸の前で軽く手を組んで一歩踏み出した。
そして小さく息を吸って、
駆けて、
柊の胸に飛び込んだ。
「なっ…」
柊は慌てて名前を抱き止める。名前は強く目を瞑り、隠し持っていたプレートを、そっと柊の胸に押しあてた。
目映い光が満ちる。
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「なんだこれは!」
頭上で柊の声がして、名前はますます顔を押し付けた。ああもう取り返しがつかない。やってしまった。
クラスメートたちが後ろで歓声をあげている。その中で、津川が一際大きな声で嬉しそうに喋った。
「ナイスですセンセー!俺たちもみんな仮装するんで、この後のパーティーは絶対それで出て下さいね!」
じゃー教室戻って着替えようぜ〜女子からな!と津川はそのまま周囲に声をかけて、複数の足音は慌ただしく去っていった。
どのクラスもパーティーの準備で忙しいのだろう、誰も通らない廊下には柊と名前だけが残された。
名前は恐る恐る薄目を開けた。ついさっき目にした柊はいつもと同じ、着崩したスーツ姿だったけれど。
あああ、と名前はすぐ目を瞑る。目の前にある生地は深めの赤色だ。
柊の顔など到底見れなくて、名前の体はずるずると下がっていく。
「っお、おい大丈夫か」
名前を抱き止めたままだった柊も一緒に膝をつき、名前の肩を掴んで支えた。
「ほんとすみません…!」
未だうつむいたまま名前が謝ると、柊は小さく唸った。無理もない。こういったことを柊が嫌がるとわかっていて、それでもやったのだ。
柊は改めて自分の格好を見回し、溜め息をつこうとしてやめた。代わりに名前の背中に腕を回して、ぽんぽんと叩いてやる。
名前は思わず体を緊張させたがすぐに力を抜いて、まわりに他人の物音が聞こえないのを確認してからゆっくり柊に抱きついた。
しばらくそのままでいて、名前は何とか自分の魔法の結果を見る覚悟を決めた。
ソロソロと離れると、気付いた柊も抱擁を緩める。
「…わ……」
まず柊の顔を見て、視線を下ろしていく。所々に手を触れて辿る。
深めの赤だからか、そんなに違和感はない。生地もしっかりしたものをイメージしたから安物っぽくもないし。中はいつものシャツだから、襟と袖に覗いている。
胸元と手首には重厚感のあるアンティークゴールドのボタンが鈍く輝く。足元までしっかり調えて。
…なんか、なんていうか。
「…に、似合ってるって言ったら怒りますか」
いやこんな格好させられるの嫌だろうしそもそもこの服イメージしたのわたしだし自画自賛じゃないけどいやでも柊先生を変身させるっていうからこれでもデザインは調べた方であって!
という名前の必死の脳内弁護はもちろん柊には届かないが、柊はふっと笑って名前の額に唇を押し付けた。
「お前が似合ってるって言うんなら別に構わん」
名前は堪らなくなってもう一度柊に抱きついた。柊はくつくつと喉を鳴らして笑う。
「どうせあいつらに言われて断れなかったんだろう」
「柊先生に魔法かけるんならわたしか愛花しかいないって…。愛花はわたしのが魔法上手いからって聞かないんです」
「まあお前の方がプレートのランクは上だからな。間違ってはいない、か」
「…あああでもほんとにすみません!賢二郎さんにこんな格好させるなんて」
でも似合います、と目尻を下げた名前に、柊はわざと耳元へと唇を寄せた。
「構わん。どうせお前の為だけのサンタだろう」
名前は肩を竦め、声を上げたいのを堪えて小さく息を漏らした。その低い声で何てこと言ってくれるのか!賢二郎さんはわたしを悶え殺す気だろうか。
「…わ、わたしも賢二郎さんの為にサンタの服着ます」
顔を隠す為にぎゅうぎゅうと抱き締めてくる腕も、ほんのり赤く染まった耳が黒髪に見え隠れするのも恐ろしく可愛いなと思いながら、柊はチラリと腕時計に目をやった。あと2分で鐘が鳴る。
聖凪パーリィ!
とか何とか言いつつも結局はクラス全員での仮装なわけで、愛娘たちにコスプレを止めさせようと奮闘する柊先生から逃げ惑いながらお菓子を摘まむ名前だった。
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