100605 地平線

夏休み、アメリカ合宿。

初日から泥門と出会して一緒に泊まるなんていうハプニング(とはいえ知ってたけど)も即・来て即・過ぎ、今はただひたすら朝から晩まで練習に明け暮れる日々。

時々、乗馬ならぬ乗牛なんてのを習ったりもして。




今日は朝からとても天気が良かった。晴れわたって深みのある青空、悠々と流れる入道雲。

だから、日の落ちていく広大な牧場の地平線に向かって一人、舎を抜け出した。休息のために練習を早目に切り上げて誰もいなくなった敷地。

に、一頭の牛。
………。



「……ここ、牛が入れるとこじゃないはずだけどな…」



牛が普段生育される敷地の牧場は、当然というかフンだらけ。餌となる牧草も長く育っている。練習用に借りている敷地とは別だ。
そしてその境界には当然柵がある…はずなのだが。

なぜか、堂々と牛が一頭。しかもこいつビーチバレーで貰ってきた奴だ。


でもまぁこいつならやりかねないかなという気もして、名前は気にしないことにした。
それより。



「ちょっとわたしを乗せてくれる?向こうに行きたいんだ」



広大な広大な敷地の向こうへ、ひとり夕陽を見るために。
名前が敷地のずっと奥を指差すと、牛はブルルと鼻を鳴らして足を折り、そこに伏せた。
…いやいやいや。頭良すぎでしょ…。

ありがたくその背に跨がると、牛はのそりと立ち上がってゆっくり歩き出した。
その一歩一歩に合わせて体を揺らす。視点がぐっと高くなり、牧場の遥か遠くまで見渡せる。

ゆったりとした牛の歩みで、夏の夕暮れに飛び込んでいく。
空が橙に染まって。



***



日が地平線の向こうに消えて星々が頭上に瞬きはじめた頃、名前はようやく舎の方へと戻り始めた。
背中で夕焼けを眺める名前が満足するまでじっと動かずにいて、今はまた素直に回れ右をしてくれる。この牛ほんと頭いい。
ちなみに柵は数ヵ所壊れておりました。道理で。



夜の下、ようやく舎の入口がちゃんと見えるところまで近付いて、名前は固まった。のを感じとった牛の歩みがその場で止まる。
…入口に、なんだか見慣れたシルエットが見えるような気がするんですけど。つまりその、テンガロンハット的な。

牛が再び歩きはじめ、その人のすぐ側で止まった。キッドさんがハットを軽く指先で持ち上げて見上げてくる。キッドさんに見上げられるなんて何だか新鮮だ。



「何処にもいないと思ったら…。相内が心配して探してたよ」

「うわ…マジですか」



キッドさんは帽子を被り直し、おもむろに手の平を差し出した。
一瞬きょとんとして、それがこちらに向けて差し伸べられていることに気付く。牛から降りるのを助けてやろうと、そういうことだろう。不覚にもときめいてしまった。

キッドさんがわざと格好つけて、おもしろがるように言う。目が笑っている。



「お手をどうぞ?」

「……ありがとうございます」



長くて節くれだった男の人の指で、きゅっと軽く握られた手。牛の背がわりと高いから、飛び降りるときにも補助してくれる。

おかげで難なく地に足を着けると、牛はブルルと一鳴きしてゆっくり背を向け、歩いて行った。
その背にありがとうと声をかけると、後ろ姿で尻尾をパシンと一振り。やっぱ言葉わかってるんじゃないだろうか。



「何してたの?あんな遠くまで行って」



悠々と去りゆく牛をのんびり見送りながらキッドさんが尋ねる。
夕焼けを見に行っていたと正直に言うのはなんとなく気障な気がして躊躇われて、「散歩です」と答えた。まあ間違っちゃいない。
キッドさんはただふぅんと呟いて、テンガロンハットを名前の頭に乗せた。



「まあ今日は天気が良かったからねぇ…。今度行くときは俺も誘ってよ」



夕陽は綺麗だろうけどこんな暗くちゃ危ないしね、と。…何だ、バレてるんじゃないか。
名前は笑って「はい」と答え、舎の方へ踏み出した。舎の明かりの下から、こちらを見つけた比奈さんが呼んでいる。






         







「ていうか牛に乗ってったの?」

「あ、あの牛すんごい頭いいんですよ!」



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色で遊んでみた。タイトルのところだけ背景色もいじってみたかったけどタグに断念。





あきゅろす。
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