100604 静かに眠るひと

ハデス先生が倒れた。
健康診断があった翌日のことである。

昼食時間、いつものように保健室に集まって弁当を食べていたら、突然。バタリと。
あまりにリアルなことに驚いてアシタバやシンヤがぎゃあと叫んだが、ハデス先生は意識を失ったまま眠っているようだった。ので、藤とアシタバと美作でなんとかベッドへ引きずり上げておいた。

シンヤが心配そうにベッドを覗き込む。



「先生、大丈夫よね?救急車とか呼んだ方がいいのかしら…」

「ここんとこ健康診断のために寝てなかったらしいからな…。ただでさえ恐い顔してんのにこんな隈つくっちまったら、ホラーだよ、ホラー」

「つーかもう昼休み終わんぞ。どーすんの?」



藤が言うなり予鈴が鳴り響き、生徒5人は顔を見合わせた。



「次は数学か…。藤、お前サボって先生のメンドーみてやれよ」

「はあ?やだよ、つか前休んだから今日出ねーとめんどくせーんだよ」

「私、残りたいけど次体育で…。しかもテストやるって言ってたから休めないの」

「ぼ、僕も数学は出ないとすぐわかんなくなっちゃうし…でも、先生が…」



それぞれハデス先生を取り囲んで微妙な空気になる。
名前は前回の数学の授業を思い返した。そして今日の数学と保健室を天秤にかける。
…不謹慎にも少し楽しくなった。



「じゃあわたしサボる」

「ええっ!?で、でも…」

「いや、前からサボってみたいと思ってて。いい機会だから是非」



不安そうなアシタバも、とっとと行けと追い出してやる頃には少し安心したような表情になり、先に出た藤や美作を追って保健室を後にした。
体育着に着替えなければならないシンヤは「ハデス先生をよろしくね」と何度も言って、風のように駆けていった。…速っ。



人気がなくなり、一気に静まり返った保健室を見渡す。
3つあるベッドのうち、窓際は藤の城だから常に仕切られている。堂々とマンガ置いてあるし。
そして真ん中のベッドに横たわるハデス先生。



「………。ふむ」



名前はひとまずハデス先生の寝ているベッドをカーテンで仕切った。養護教諭が倒れているところなんて、そうそう見せていい姿じゃないだろう。ていうか倒れちゃダメだろホントは。
ゆったりと本鈴が響いた。シンヤちゃんは体育に間に合ったかな。

それから、ハデス先生の下敷きになっている毛布をなんとか引っ張り出して、ついでにハデス先生の白衣も脱がせて、そっと毛布をかけてやった。その上に白衣放置。
…慎重にやったおかげか、ちっとも気付かず寝ているハデス先生に安堵する。頑張ったからこれで10分くらい消費したよちくしょう。授業は50分だってのに。


静かに寝息をたてるハデス先生を覗き込む。
常に入っているヒビと目元の隈を除けば、本当に整った顔立ちだと思う。目を閉じている今は、特に。
意外と睫毛長いし、スッととおった鼻筋も。



この人ひどく静かな眠りをする、と名前は思った。
今はこれだけ近いから呼吸で微かに胸が上下するのが分かるけど、少しでも離れたら死んでいてもきっとわからない。こんな綺麗な顔立ちをして、白い肌で、こんなに音もなく眠られたら。


ギクリとするような焦燥に駆られ、名前はそっと手を伸ばしてハデス先生の前髪を退けてやった。触れた頬の温度に生を確認し、息をつく。生きてる生きてる。…いや、当たり前だって。



意識を切り替えてこれからどうするかを考えてみたが、せっかくサボっているのにケータイいじるんじゃもったいないし、本を持ってきてるわけでもないしで、名前は先生のイスを静かに転がして移動させ、ハデス先生を眺めていることにした。
外から入る陽光で十分明るいので電気は消してしまった。



昼食後でお腹いっぱい、眠っているハデス先生、グラウンドから聞こえてくる生徒たちの声。午後の静かな保健室。

心地よい眠気にゆったりと身を任せるまで、そう時間はかからなかった。



***



ふ、と意識が上昇するのを感じ、ハデスはうっすらと重い瞼を持ち上げた。ぼんやりと白い光景。
一度閉じてまた薄目を開けて、ハッとする。
一瞬で覚醒して飛び起きると、自分が寝ていたベッドに横から俯せて寝ている生徒が一人。すぐ側に。
そこで何が起こったかを思い出す。



「僕は…、そうか、寝不足で意識が飛んで……」



昼食時間、確かいつものようにアシタバくんたちが来てくれて、明るく賑やかしていたと思うのだけど。
今はカーテンの向こうには午後の日が差し込む保健室はとても静かだった。聞こえるのは運動場にいるらしい生徒の声。
と、そこで寝ている子の寝息。



「苗字さん……」



運動場に生徒がいるなら今はまだ授業中だろう。五時間目か、六時間目か。彼女自身がベッドで休んでいるわけではないから、具合が悪くてここにいるのではなくて、きっと授業を休んでくれたのだ。…多分、自分の為に。

藤くんや美作くんたちも、倒れた自分をベッドに運んでくれたんだろう。意識を失った大の男一人なんて重かったろうに。
よく見れば白衣も脱がされているし、ちゃんと布団まで掛けてくれて。



そういう一連のことに気がつくと、いろんな思いが一辺に込み上げて息が詰まった。
震える手を伸ばし、すっかり眠り込んでいる彼女の頭に触れる。そのままそっと撫でた。



「…僕が倒れるなんて、ダメだよね…。本当に、ごめんね……ありがとう……」



それからベルが鳴ってアシタバたちが様子を見に来るまで、ハデスはずっと優しく名前の頭を撫でていた。









(静かに眠るひと、)
(優しい生徒たち。)




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ハデス先生は絶対こわいくらい静かに眠るタイプだと思います。それが書きたかった。
その側にいると寂しくなるから経一さんがすげー乱暴に叩き起こせばいいよ^^





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