100504 卒業*須藤
卒業式のその日。


北央学園はそれなりのマンモス高で人数が多く、従って一年生は卒業式に参列できない。
リハーサルでその雄姿を垣間見られるのみ、当日は卒業式後の花道で卒業生を送り出せるのが最後。


の、はず、が。



「案外バレないもんだね…」

「ね。だから言ったでしょー?」


卒業式の始まる寸前、今名前がどこにいるかというと卒業式式場体育館内の保護者席なのだった。
卒業生の彼氏をちゃんと見送りたいという友人に半ば引き摺られ、わざわざ隠し持ってきた私服にこっそり着替えて保護者席の真ん中あたりに混じっている。これが意外とバレないものなのだ。

…いや、毎年こんな生徒がちらほらいると聞くから、バレてても黙認してくれてるのかもしれない。
卒業生を見送りたいその気持ちを買ってくれてるのか知らんが。


とにかく忙しそうにする先生方と決して目が合わないように気をつけ、式を見守る。


入場してきた卒業生。
一応目的としていた姿を見つけて、あ、と思った。

卒業証書を受け取る姿。次の人と並んで、校長に一礼。
舞台を降りる直前にこちらに一礼したとき、名前は両手でそっと目頭を押さえた。

熱いし視界がぼやける、須藤先輩ちくしょう。


そのとききちんと舞台を見ていた人々は、舞台を降りようとした卒業生が何かに気をとられて一瞬動きを止めたのを見ただろう。



***



その後、猛ダッシュ且つこっそりと教室に戻った友人と名前は慌てて花道づくりに参加した。
数少ない部活の卒業生にはお祝いの言葉と紙吹雪をぶちまけて、問題の須藤先輩はというとおめでとうを言う前に何故か頭をハタかれた。痛い。

花束を肩にポンと乗せて悠々と遠ざかる背中、卒業生と在校生に紛れていく。


これがこの学校で見る最後の姿だと思うと、いくら呆然としても腹が立っても、どうしようもなくもどかしい。
後ろ姿はもう見えない。



***



卒業式は金曜日だったので翌日は休みだ。
年度末で先生方も何だかんだ忙しいのか、カルタ部の活動も今日はない。


けれどいつもの時間に目が覚めてどうも落ち着かず、名前は早朝から制服に着替えて家を出た。
朝靄の中、ほとんど人の姿がない通学路。静まり返った学校。部室でカルタでも眺めていようと、そう思って。



「ん。…来たか」

「…………須藤先輩…!?」



部室の戸を開けて仰天した。
畳に札を並べて座っていたのは紛れもなく須藤曉人その人。
ただ、制服ではなく私服姿で、そのことが名前を現実に返らせた。ああ、そう、この人卒業したんだよ。
須藤は並べた札を一枚一枚綺麗に整えながら言う。



「お前昨日卒業式にいたろ」

「!はい…何で知って」

「何やってんだバカ。部に傷つけんなよ」

「……はい」

「まあ毎年そういうの割といるし面倒なことにはならねーだろうけど」



唐突に言われて思い出すのは昨日の須藤の姿。終始淡々と礼儀をこなし、証書を受け取り、涙を見せることもなく。
部の後輩たちを散々泣かせておいて、本人はしれっとしたものだ。
だから余計に卒業なんかしないんじゃないかと錯覚もするし、逆に本当にいなくなるんだなと痛感したりもする。


ぼんやりと突っ立ったままの名前。須藤は並べた札にざっと目を走らせると、在るべき位置に移動して背を伸ばし、ゆったりと正座で構えた。



「さて。…試合するぞ」

「………札、は」

「最初からランダムに配ったもんを並べてる。文句あるなら好きに動かせよ」



名前はケータイの電源を落とし、荷物のすべてであるサイフとそれを横に放って相手側に膝を着いた。

整然と並んだ自陣札を一つひとつ見て、ふと気付く。唇を噛む。
ああ、文句があるはずもない。私に札の配置を叩き込んだ須藤先輩が並べた札なんだ。まるで私が並べたように、欲しいところに欲しい札。よく馴染んだ形。


自然と暗記態勢に入った名前を、須藤は静かに見つめた。



















名前は自陣の札に手を伸ばした。たまたま摘まんだのは「ちは」。途端に溢れだす、この札に関する記憶。
覚え方を最初に叩き込まれたこと、練習試合でギリギリのところを競り勝ったこと。逆に、易々と取られて須藤先輩にしこたま怒られたこと。歌から思い浮かぶ情景もまた。
そして何より、夏の高校選手権予選で北央学園の敗退が決まった札であること。


思えば、今や一枚一枚全ての札に思い入れがある。
よく取れる札、苦手な札、上手く払えて進出の決め手となった札、囲んだのに僅かな隙間から浚われて敗退に涙を呑んだ札。


そんな風に自陣の札を眺めて、読まれることもなくそこに残された札々に申し訳なく思う。

十一枚差だった。



「結局、差が十枚切ったのは一度だけだな」



須藤が言う。
しかしその一度きりの試合直後に二十枚差という大敗を期していたのを思い出し、名前は苦い顔をした。
それを見た須藤先輩が少しおかしそうに笑ったのは気のせいじゃないだろう。悔しいことだ。負けたことも、そんな優しい顔をされることも。
卒業だから一つ一つが惜しくなってしまうのだろうか。



「一度くらい勝てるかなーと思ってたんですけど」

「馬鹿言ってんなよ」

「五年の差ってのはやっぱ大きいですねぇ」

「そうでなくても俺がお前に負けると思うか?」

「…あー、あーそういう…そうですね勝てませんねー…。でもほら、だからちょっとずつ近づいてくから、それを見ていて」



くれたらいいのに、と。
口にする直前で名前は言葉をぶち切った。今なに言おうとした私。ドSの人に向かってこんな素直なこと…!

これでニヤニヤされてたら嫌だ逃げたいと思いながら怖々須藤の顔を見ると、何故か半ば呆けたようにこちらを見ていて。
どんな反応が返るかわからないがからかわれそうにはなくて、安心して視線を外した、


その視界の端で、動いた。



「ふ 、ん……っ!?」



掴んだ腕を力強く引かれて、顔を傾けて上手く唇を奪われて。
何も分からないまま終わるには長すぎる時間、目の前の端正な顔と重ねられた唇の感触をしっかりと認識してしまった。

思わずビクリと退いたのをもちろん逃してもらえるはずもなく、けれど何度か角度を変えて食まれても、本気で抵抗しようという気にはなれなかった、ので。



「……逃げなかったな」

「…に、逃げたら、逃がしてもらえたん、ですか」



膝元に崩れた札を挟んで、顔だけを須藤の胸に押し付けた。頭上で「いーや」と否定して須藤が笑う。
…とても顔が見られない。
須藤は名前の髪に軽く指を通し、次いでぽんぽんと叩いてやった。

「俺もお前が伸びるの見たいけど、こればっかりはな」

「………」

「うん…。まあ一年で大分強くなったんじゃねーの」



お前を部に誘って本当によかった、とか、そんな。
この一年で何度思ったか知れないが、ひどいと思った。ひどいこの人。こんなにしみじみ思うこともそう無いが。

すぐそばに聞こえる心音が少し速いから、絆されてしまいそうになる。



「とりあえず、新年度は選抜メンバー必須な。で、どっかの大会に出てとっととA級に上がれ。でないと一般に出てもお前と当たれねぇ」

「…は、いや、でも私まだC級で……」

「上がれ」

「………はい」

「よし。あと大学が落ち着いたらこっちにも顔出すからそん時は覚悟しとけよ」



…こういうところでおちおち絆されてもいられないあたり、さすが須藤先輩。
名前は別の意味で涙が出そうになった。顔を上げるのが恐ろしい。ドSまじ半端ない。


須藤はそれからしばらく黙って名前の頭をくしゃくしゃとやり、最後に「よし」と呟いてぽんと撫でると畳に手をついて立ち上がった。


「じゃあ俺は帰るから。一応後期対策もやっとかねぇと」

「あ、はぁ…。はい」

「お前はあの読み上げるやつで5回分通せよ。それから帰れ」

「………ええええ!?5回ー!?」



咄嗟に脳内で時間を弾き出した名前は悲鳴を上げた。
カルタ自動読み機が百枚を1回読み通すのに軽く1時間はかかるのだ。朝ごはん食べてないのに!

須藤はやはり楽しそうに名前を見下ろすと、座ったままの名前の頭上にスッと屈んで唇を落とした。名前は名前で逃げない再び。
というか、



「じゃ、またな」

「あ…お、お疲れさまでした…」



須藤もまた財布とケータイだけの手荷物をポケットに押し込むと、あっさりと部室を後にした。
閉まるドア。廊下を遠ざかる足音。

残された名前と札と投げ出された財布とケータイが部室の広い畳にぽつんとあって、外ではいい加減上りきった太陽が空気を暖めて。時々窓の外で鳥が鳴く。
3月2日、土曜日の朝。


というか、ていうか、



「……おお…?」



キスされたことに関しては何もカタついてなくない?


名前は呆然としたまま無意識に自動読み上げ機を目で探した。
視界に入り、あった、と思うと同時に気付く。何だかんだ言ってやる気か私。…まさかの5回。



「2回…やったらひとまずコンビニ行こう…」



ああ、財布持ってきて良かった。寝起きの私えらい。よくやった。
名前はグスッと鼻を鳴らし、混ぜた札から50枚を引いて並べた。残りは空札に。


正座できちんと座り直し、深呼吸をして背筋を伸ばす。両手をそっと畳について、ゆっくりと頭を下げる。
礼儀を忘れないこと。先生から先輩方から、この一年で一番に教えられたこと。



深く頭を下げきったところで、札のすぐ手前、畳にぽたりと涙がひとつ落ちた。それ以上零れてしまわないようグッと堪える。

須藤先輩、あなたがいる間にこの学校に来られて良かった。たった一年、されど一年。

春ですね、
卒業おめでとうございます。




 今
 を
 春
 べ
 と








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そんなこと言って翌日の練習でも春休み中もビシバシ指導されるわけですが^^
むしろ卒業前より厳しい。笑

まだ出会って一年の関係なので、甘くまとまることはないかなとこんな感じになりました。
愛あるドSの人だもの!いじめられてなんぼ◎

ちなみに卒業式にこっそり参加→花道をやりたかったのは私です\(^o^)/ 卒業生と在校生の歌が…!歌が聴きたくて…!orz

本編では卒業など描写もなくさらっと流されてしまいましたが、大学生須藤さんが出るのを楽しみにしています。国公立受かったのかしらん*





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