100502 ワンダー1
ただ、道を歩いていたはずだった。足元にマンホールがあった訳でもない。何の前触れもない。
よく晴れた日に。



「────っ!?」



名前はギョッとして身体全体を強ばらせた。ふと気がついたら、どこか広く深い穴を落ちている最中だった。現在進行形で落下している。あまりのことに声も出ない。

本能的に意味もなくもがいて、一緒に落ちていくいろんなものを必死で避けて、そのうち唐突にやわらかく厚い布の中に思いきり突っ込んだ。
勢いで深く深く沈み、助かったかと思いきや、豊かなスプリングで再び宙に跳ねとばされる。落ちながら視界を掠めたのはベッドだった。



また足掻く、

不意に一瞬の無重力、

落下速度がゼロになって、








どさりと投げ出されたのは酷く明るいところだった。
ベッドから落ちたくらいの高さ。しかし自分の体重で地面に叩きつけられるのだ、地味に痛い。

呻きながら痛みが去るまで耐え、涙目で顔を上げた名前がまず見たのはやわらかな緑が一面に広がる地面だった。芝生のような。
それから地続きの森、そしてその手前の、目に賑やかな長テーブル。ぱっと見がごちゃごちゃしていて、実はそこに人がいたのには気付かなかった。何せその人も大変鮮やかな色彩をしていたのだからして。


ぐるっと見て周りを大体把握した名前がとりあえず身を起こそうと試みる頃、テーブルの端についていた人が立ち上がった。
上体を起こし視界が正常になったた名前は、そこで初めて人がいたことに気がついた。そしてものすごくビックリする。何あれ?





テーブルから少し離れた場所に突然女が現れるのをしかと見てしまったマッドハッターの方は、目をぱちくりさせてから針と糸と作りかけの帽子を置いて立ち上がった。
あれはアリスではない。誰だ?





マッドハッターが軽快な仕草でそっと近寄ってくるのを、名前は腕で上体を起こしたままで呆然と見ていた。ハデ半端ないよこの人。
白塗りに鮮やかなメイク、奇怪な服装はサーカスのピエロや変人を思わせる。
怪しい。怪しすぎる。





マッドハッターは名前の目の前に丁寧に片膝をつき、名前の顔を覗き込んだ。
やはり間違いなくアリスではない。恐らく人種からして違うだろう。まったく質の異なる黒髪に黒目、肌、顔のパーツの形、身体つき、そして服装。

向こうも混乱しているようだし、黙っていては何も進まない。マッドハッターは口を開いた。







こちらを気遣うような奇人さんの声に、名前はさらに愕然とした。ここまできてまだ驚くことがあるなんて!



「An…, Are you ok? Who are you?」



英語だ…!


心配そうにこちらを見てくる相手に、名前は頭を抱えたくて涙が出そうになった。

あまりのことに警戒心なんか吹っ飛んだ。
よく晴れた空の下。





大丈夫?






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