100411 魔王軍またね
勇者死亡、勝利のアナウンス。
それを遠く耳にしながら名前は、今にも崩れ落ちそうになる身体をギリギリで持ち堪えていた。
自分の体力。破壊神としての残り少ない力。……大変まずい。


「この度もきっちりと勇者をシメてやりましたぞ!!さすがですな破壊神さま!」


視界の端に、諸手を上げて嬉々とする魔王が映る。
そうだ、確かに勇者を倒した。しかしギリギリでの勝利であって、頼りにしていたドラゴンがタイミング悪くも卵になったどころか食べられてしまった。
魔法陣も残り少なく、じゃしんまで倒されて…いや、あの子はよく頑張ってくれた。

慌てて勇者の帰り道に新しく魔物を量産した、
掘パワーが、もう。


「さて、このエリアは次の勇者でラストですな!どうやらなまいきにも一人で乗り込んでくるヨカンがいたしますぞ」


まぁその分またムダに強いのでしょうけど。

ツルハシに向かって話す魔王。
今のステージの換算がなされ、いくらかは掘パワーが加算された。しかしズタボロだった評価に、今のダンジョンの惨状では…。

名前は数秒、痛いほど強く目を閉じた。
魔王さまだけは意地でも連れていかせるわけには。
きっとわたしはもう、ここまで。


「…魔王さま。今度はわたし、ダンジョンの上の方に待機しててもいいですか?」

「む?べつに構いませんが…ってフラフラしてるじゃないですか!名前、体力が…」

「敬語になってますよ魔王さま」


ハッとして「これはさっき破壊神さまと話していたからであって、」わたわたと弁解する魔王に少し笑い、名前はさっさと背を向けた。
今まで魔王の直前に大型の魔物たちと控えていたところを、今度は半ばより上へ。

そっと呟いたありがとうは魔王の耳には届いてないだろう。



***



エリア最後の勇者はさすがに強かった。しかも攻撃力強化スキル使用で、行きにぶつかった魔物が片っ端から消されていく。
スキル持ちなら勝負は帰り道。胸に痛みを感じながら、奥へと進む勇者を見送った。


もう、意思だけでのコントロールが辛い。
名前はツルハシのある方向へ手をかざして、壁の向こうのツルハシを動かした。
眉を寄せて必死で思い浮かべるダンジョンのイメージ。いつもなら容易くハッキリと脳裏に映るものを。


ぽっかりと空いた名前の周囲。いい加減魔物たちにはバレているようだ。
好意と尊敬の表情で、魔物たちは時々足を止めて名前を見る。

小さな画面の向こうに見ていた頃とは違う。いま彼らは、目の前を歩き、養分を運び、巣を作り、卵を生み、戦って力尽き、そして次代の子がまた産声を上げる。愛しい生命だ。名前は唇の汗を拭って微笑んだ。


「最後までちゃんと頑張るからね。よろしく頼むよ」


一斉に動き出す魔物たち。
ずっと下の方から、勇者の喜びの声と魔王の悲鳴が聞こえた。

よし、と名前は気合いを入れ直す。かかってこいバカ勇者。






戦闘音がだんだん近づいてくる。
ついに道路の奥の曲がり角から勇者が姿を現した。スマキにされた魔王が哀れで、こんな時でもちょっと笑える。
名前はスラリと剣を抜いた。

始めての頃は手間取った剣の扱いも今ではお手のもの。勇者へのトドメももう迷わない。
だってわたしは、破壊神だもの。


「ん?お前も魔王軍か?ジャマだーどけどけ!」

「通すか!いくよ!」


ヂャリンッ、と嫌な音を立てて刄が交わる。
元より力量に差がある勇者の剣を、ギリギリで堪え、流し、隙をみて切りかかる。両手で握り締めて、たまに片手で扱い、全力で奮う剣。
徐々に受けきれない刃が増え、ザクンと大きく肉を裂かれて、最後には。


「っぐ、ふ!…う、……!」


鳩尾に強烈に撃ち込まれ、数メートル飛ばされて地面を削った。
とびそうになる意識。息が出来ない。手足の傷から流れる血。
だけど、こいつ。このやろう。…手加減しやがった。


見下ろしてくる勇者は息を整えながら剣の血を払い、カチンと鞘に収めた。


「…お前、ヒトだろ?一応峰打ちにしといてやったから、もう魔王軍なんかやめろよな」

「………名前…!!」


悲痛な声が名前を呼ぶ。勇者は足元の魔王に蹴りを入れた。お前が軍なんか作るから悪いんだろ、と。小さくうめく魔王。

…魔王さま。



くるりと背を向けて入り口へ向かう勇者。今だ。
名前は腹の痛みを放置し、力を振り絞って右腕を持ち上げた。
最後の掘パワーを使って、目指すはあの壁の向こうの。


どこからか、唐突にボンッボンッと鈍い音がいくつか聞こえ、次いでパッと現れたツルハシが勇者の右手の壁をガツガツッと素早く崩す。
土煙の中に現れた数体の魔物たちに、勇者は驚愕の表情を浮かべた。


「グータレー…じゃしんにドラゴン!!?くそっ、ここまできてか!!」


一斉に勇者に襲いかかる彼らを、名前は歪む視界で見つめて微笑んだ。

何が魔王軍やめろ、だ。わたしが破壊神だっつの。


スマキで転がった魔王さま、目がまん丸。



***



なすすべもなく骨となった勇者。魔物に縄を切ってもらい、魔王は立ち上がった。
そこにぐったりと臥せたままの名前に、急いでそっと歩み寄る。

手をかざして大きな傷をあらかた塞ぎ、少し迷って、それでも慎重に抱き起こす。名前はうっすらと目を開けた。
揺れる瞳が魔王を捉えて、土で汚れた頬がゆるゆると笑みを描く。少し掠れた声が。


「………魔王…軍、の…、勝ち、ですね…」

「…!!当たり前でしょう!」


魔王は一瞬我を忘れて怒鳴った。ハッとして名前の様子を見る。
名前は小さく息を吐いてゆっくりと瞬きをし、周りの魔物たちに目線だけをやっていた。


先ほどの光景がフラッシュバックする。
血を流して倒れ伏した彼女は、勇者が背を向けたと同時にある方向に手を伸ばした。伸ばされた先でツルハシは動き、魔物を呼び出した。
グータレーたちが勇者を蹂躙するその横で、力無く落ちた腕と、途端に動かなくなるツルハシ。
そんな、まさか。心臓が凍りつくような衝撃に息を呑んだ。


そして今、満身創痍の彼女は腕の中にいる。
開こうとした唇が震えた。

ああ、ああ。


「……あなたが、…あなたが破壊神さまだったんですな…?」


ポタリ、熱い滴がひとつ、名前の頬に落ちる。名前は痛がりながらもおかしそうに笑った。
掘パワーは0だ。ばかみたいにすがすがしい。


「そ、です。…やっと、気付きました?」


嗚呼、この子が。
腕の中で、あちこちから血を流して、土に汚れた、もう自分で起き上がる力もないこの子が。


この方が、破壊神さま。


「…何故……!なぜ最初から言わんのです!?破壊神さまだと知ってればこんな、こんなことには……ちょっとなんで笑ってんですか!!!」

「はは、あ?いや、だって、そんな…」

「そんなじゃないでしょう!!大体あなた、私が破壊神さまにいろいろ言うのも知っててずっと黙って、ていうか、…だーもう!!!何が“魔王軍に入れて下さい”ですか!!!あなたが破壊神なんじゃないですか!!!」

「うお、ちょ、魔王さまストップストップ」


誰が止まってやるかと思ったが、揃えられた柔らかい指先が口に触れて軽く唇を押さえたので、思わずほとばしる言葉をとめてしまった。
…破壊神さま。





静かになった魔王に、名前はほっとしてパタンと手を下ろした。いつの間にか癒されていた傷の痛みは大分ひいたが、失った体力はもう戻らない。

気がつけば、魔物たちが周囲を囲んでいた。

体力がないからか、力が入らない身体。上体を魔王に抱えられたままだ。…まあいいか。
名前は周りをぐるっと見渡して口を開いた。


「えー、と。…みんな、良く頑張ってくれて、ありがとうね。さっきのステージで失敗したせいで、こんな無理さして、ごめん」


にわかに魔物がざわめきたつ。…みんなの輝く目に好意が一層濃くなったのは気のせいか。


「最後のじゃしんとドラゴンとあとグータレーたちも。めっちゃナイスタイミング、グッジョブ」


ぐっと親指を立ててやると、最後にラッシュをかけたヤツら同士ではた、はた、と目を合わせ、揃って親指を立てて返してくれた。ので吹いた。ばかかわいい。



最後に、と魔王さまを見上げる。ほんの少し瞳を赤くした魔王さまは小さく呼吸を詰まらせたようだった。
ああ、もうすぐこの人を見られなくなるのかと思うと、辛い。


「一番、魔王さまに…。ありがとうございました。魔王軍、ほんとに楽しかったです」


手を伸ばして青白い頬に触れる。あなたが作り出した軍でしょう、と魔王さまが弱く唸った。

泣かないでね。


「わたし、すっごい幸せですよ。世界で一番幸せな破壊神だと思います。幸せついでにあとひとつ見たいものがあるんですけど」

「…、……。…なんですか?」


何か言いたげに動いた唇は、結局素直に問い返してきた。
気になるけど、それより時間がなさそうだから。


「旗揚げ行きましょう、旗揚げ」


この世界に来て、初めて見たそれ。
勇者倒したら魔王さまダッシュで地上行っちゃうし、いつも間に合わないし。もっかいちゃんと見たいと思ってたんだよね。


魔王さまは旗揚げですか、と呆れたように微笑んだ。



***



魔王に抱き上げられたまま出てきた地上は、もう日暮れを過ぎて夜になろうとしていた。涼しい夜風がザアッと吹き抜けて、空と山の接する辺りだけがまだ赤い。


最初の魔物が扉を開け、魔王さまに抱えられたわたしが続き、その後にぞろぞろと魔物が姿を現す。
怖々と様子を見ていたらしい王様と姫様が悲鳴を上げて城から飛び出していった。
…なるほど、これは気分いいな。ざまぁみろ。


旗の準備が出来たのを見てとった魔王は小さく息を吐いた。


「…よろしいですか?」

「うん、お願いします」

「では…、あ、私いま手が使えません。破壊神さま合図してもらえますか」

「ぶは、魔王さま決まらーん!おーい旗揚げてー」

「誰のせいですか!」



旗元に手を振って合図すると、心得たとばかりにデーもんが紐をぐんぐん引っ張った。
上るにつれて風を受けて堂々とはためく、魔王軍のシンボルマーク。
見ていると、何だかぐっと胸に込み上げるものがある。
素晴らしい光景だ。


旗を見上げながら魔王さまが呟く。


「…先ほどの戦闘で、こちらに留まるだけの力も失われたのでしょう。破壊神さまの世界へお帰りになったら…二度とお会い出来ないのですか?」

「…どう、でしょうね。そもそも何でここに来れたかもわかってなくて…。どうなんだろう」

「まだ最後のエリアが残っているというのに」

「最後の…。でもきっとアレですよ、エンディングと見せかけて人間の兵器くらって、実はまだ続きますっていう」

「…どうかは存じ上げませんが、破壊神さまがいるなら何でもいいです。長くいられるならそれが…」


帰らないで下さい。違う世界へ。
遠いところへ。

支える腕に力が籠ったので、名前は腕を伸ばして魔王の首に回した。抱き締められる力に遠慮がなくなる。

てっぺんまで上りきった旗に、魔物たちが一斉に万歳をして雄叫びをあげた。


名前は滲む視界でじんわりと微笑んだ。泣かずに済めばいいと思ってたけど全然ムリだわバカ。


「わたしがこの世界にきたとき、ここ、やってたゲームと同じ状態だったんです。多分向こうに帰ったら、ちょうど今の状態になってるんじゃないかと思いますよ。

世界征服、最後まで一緒にいきますから」


世界にー、平和はー、
おとずれなぁい!


魔物へ向かって名前が叫んで、わりと耳元だったので魔王はぎゃっと漏らした。
魔物たちはいっそう高らかに鳴いて、
腕の中で心から嬉しそうな名前の唇が何事かを囁いて、
旗がばさりと音をたてて、













「………破壊神さま」



名前は魔王の腕の中から消えた。


魔王は空になった手をしばらく呆然と眺め、それからふと、まだ響いている気がする耳をポンポンと叩いた。

魔物の歓声にまぎれて落とされたセリフ。
さよならとは言わずに、


「…そう仰るからにはまた来て下さらなければ…嘘つきになってしまいますぞ」


次が最終エリアでないというなら、本当に世界征服最後の一手を下すときには。どうか。


魔王は気持ちよく伸びをした。腰がバキバキなるのは…年だろうか。
ゴゴゴ、と地面が揺れる。遠くに見える海には波が立つ。
そこでふと思い当たった魔王はハテ、と首を傾げた。


「旗揚げが見たいのならば城が姿を現すところも見たがるのでは…」


元の世界へ戻った名前が携帯ゲーム機の液晶画面を見て涙目で悔しがったとは、まあ魔王の察せるところではなく。


遠くに見える人間どもが呆然と海に浮かぶ魔王キャッスルを眺めている。
その中の誰かがおもむろに剣を持った腕を突き上げ、それを取り囲む者どもも歓声を上げたようだった。魔王はうんざりしてため息をつく。
恐らく次のエリアでは、あれらが勇者一行となって現れるのだろう。


「勇者のくせになまいきな…」


まあせいぜい破壊神さまの手腕の餌食になるがいい。
だから早く来て下さいよ。










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PSPで腕みがいて1エリア攻略したらまたトリップします\(^o^)/
そんなこんなで勇なま魔王さまゆめでした!
設定がor2なのは。クリア済みで既に知識や情があって、さらに:3Dという先の楽しみもあるということにしたかったからです^^
再トリップしたら豊富な元ネタやドラゴンオーブに爆笑すればいいと思います。





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